「失明するかもしれない……」恐怖と戦った先にあったのは。
sachika

「失明するかもしれない……」

 

全身の血の気がサーッと引き、指先が氷のように冷たくなるのを感じた。

頭の中が恐怖と絶望で覆い尽くされていくようだ。

 

もし目が見えなくなったら、私はどうやって生きていけばいいんだろう。

 

私が緑内障と診断されたのは、昨年春のことだ。

 

予想外の診断に、私は動揺した。

そもそも私は、老眼が始まったと思って受診をしたのだ。

「ついに来たかー」と思いながら検査をしたのに、まさか緑内障だなんて。

 

「目が見えなくなったら、家事をしたり出掛けたりするのも難しくなるの?」

「子供の顔も、もう見られなくなるかもしれない……」

 

あまりのショックで、病院からどのように帰ってきたのか覚えていない。

 

その日は、何事もなかったかのように夕食を食べた。

いつも通り家族の食事を作り、みんなで談笑して、食べ終わったらお皿を洗う。

私がこれから失明するかもしれないだなんて、当然ながら誰も分からなかっただろう。

 

だけど、それで良かった。

病気のことを考えると、絶望に押しつぶされそうだった。

少しでも目について考えると、『失明』という言葉が頭に浮かんでしまう。

 

怖い、怖い、怖い、怖い——。

 

私は、とにかく今まで通りの日々を送ることに必死だった。

 

数日、数週間…と、時間が過ぎていったが、誰にも病気のことは言わなかった。

「私は失明しない…大丈夫、大丈夫…。」

自分に呪文をかけるように、言い続けた。

 

家事もするし、仕事にも変わらず行く。

「私の目は、今まで通り見えたままなんだ」

と、自分に言い聞かせて日常を送った。

 

——唯一、目の定期検診のとき以外は。

 

この時間だけは自分が緑内障であることに、向き合わなければならない。

 

失明することが怖すぎて、医師と目を合わせることすら出来なかった。

 

「部分的に視野が欠けているところがあるけど、大丈夫です」

 

検査結果を見ながら言う医師の言葉に、

 

「よかった、まだ大丈夫。まだ失明しない」

 

と、猶予を与えられた気分で帰宅する。

 

毎回、それの繰り返しだった。

 

あとどれくらい、夫や子供の顔を見られるのだろう。

どれくらい、目の前の日常を見ていられるのだろう。

 

そう考えると、1分1秒が惜しかった。

 

そんな日々を1年ほど過ごした頃のこと。

いつものように定期検診に向かうと、検査結果を見る医師の顔が少し明るかった。

 

「以前に比べて薬が効いてます」

「1年前と数値に変化ありませんね」

 

そして、医師は私の顔を見て微笑み、こう続けた。

 

「点眼薬で、失明は防げますよ」

 

「…えっ!」

私は、医師の目を初めて真っ直ぐに見た。

 

「この調子だと大丈夫ですね」

 

医師が言った。

 

「ほんとに!?」

 

私は確認するように大きな声を出してしまった。

 

「毎日の点眼薬は忘れずにね」

と、優しい笑顔で医師は答える。

 

ずーっと闇の中にいた私に、光が射した瞬間だった。

 

——失明しない!大丈夫なんだ。

 

私は、この世界を見続けられるんだ。

あまりの嬉しさと安堵感で、込み上げる涙を手でぬぐった。

 

その日の晩、私は家族に初めて病気のことを打ち明けた。

 

実は緑内障と診断されていたこと。

心配で1年あまり病気を隠していたこと。

検査に通っていたこと。

失明はしないと診断されたこと。

 

そうはいっても、目が少し見えづらいこと——。

 

一人で抱え込んでいたのが嘘のように、すんなり話せた。

 

家族は、驚いてはいたが、黙って最後まで聞いてくれた。

 

話を聞き終えた夫が「運転は俺がやるから」と、ボソッと言った。

いつも無言で車のカギを渡して、当たり前のように私に運転させていたのに。

 

「緑内障じゃなくてもお願いしたいんだけど!」と私が返すと、家族全員が笑った。

 

よかった。

私はこれからもずっと、家族の笑顔を見続けられる。

 

今にもこぼれおちそうになっていた涙をこらえながら、私も一緒に笑った。

コメント

  1. kazuha より:

    1年間も一人で抱えてたなんて…。
    なんて辛抱強いんでしょう(>_<)
    失明することなくて、本当によかったです☆彡

    • sachika より:

      kazuhaさん
      悩んでいた時の1年間は、どん底でした。
      過ぎてしまうと、思い出話になるんですよね!
      読んでくださり、ありがとうございます。

    • りえこ より:

      失明するかもしれない…そんな恐怖を抱えながら、一年間一人で治療されていたssachiさんに、母親としての強さを感じました。
      失明しないで、本当に良かったです。

  2. non より:

    「見える」という当たり前のことが、できなくなるかもしれない…そんな恐怖が降りかかってきた時の気持ちがすごく伝わってきました。特に残りの時間を意識してしまう気持ちや、「失うかも」と思うことでどんなに大切だったのかを再確認する気持ち、心に響きました。これからもご家族の皆さんでたくさん笑い合ってほしいと心から思いました。

    • sachika より:

      nonさん
      「見える」を失うこと、恐怖が降りかかる気持ちが伝わって、文章を紡いで良かったです。
      優しいnonさんのコメント、受け取りました。ありがとうございます。

  3. yuki より:

    当たり前の日常が、不安と恐怖に変わる様子がすごくリアルに感じて、どんなに苦しかっただろうと想像してしまいました。家族との楽しい日常が戻ってきてとてもうれしく思いました。

    • sachika より:

      yukiさん
      家族との日常を送れるのは、ありがたいことなんですよね…
      コメントしていただき、ありがとうございます。

  4. moe より:

    思いがけず病気と診断され、さらには失明するかもしれないという恐怖…お一人で抱えて、さぞご不安だったことと思います。
    薬が効き、ご家族にもお話できて本当によかったですね。

    • sachika より:

      moeさん
      薬は手放せませんが、末永く病気と付き合っていきます。
      読んでくださり、ありがとうございます。

  5. aako より:

    私も緑内障を患っているので、気持ちがよくわかります。
    心配なことほど家族には言えないんですよね。

    • sachika より:

      aakoさんもお仲間なんですね。
      家族だから言えない…そうなんですよね。
      コメント、ありがとうございます。

  6. Yokko より:

    恐怖心や大丈夫だと言い聞かせてる様子など、自分の気持ちかのように入り込みました。
    良い方向に向かって最後ほっとしました。

    • sachika より:

      Yokkoさん
      ご自分のことの様に受け取っていただき、恐縮しております。
      優しいコメント、ありがとうございます。

    • mai より:

      とても不安な様子が伝わりました。
      でもご家族に伝えられて良かったですね!!

  7. ゆみえ より:

    自分の事のようにドキドキしてしまいました。家族だから言えない事、ありますよね。
    回復に向かわれて安心しました!

    • sachika より:

      ゆみえさん
      回復に向けて、お言葉くださり感謝してます。
      読んでいただき、ありがとうございます。

  8. ほのかあかり より:

    家族に黙っていらしたことがすごいなと。自分だったら不安で話しちゃいます。一人で耐えてこられたことよく頑張りましたね!あと緑内障が良い方向に向かわれたこと、安心しました。

    • sachika より:

      ほのかあかりさん
      家族に話すには、自分が病気を理解していなかったから、話せなかったのだと思います。
      緑内障が良い方向に向かっていることに応援していただき感謝です。
      コメントありがとうございます。

    • ちさと より:

      私は、糖尿病網膜症で目の血管が増殖して失明するかもしれないから、と病院で告げられ、レーザー治療をしました。紫外線に敏感になり、運転も30分くらい、夜の運転は出来なくなりました。仕事、家事に追われ、点眼する事も忘れて、自分を大切にしなかったと…後悔しました。ですが、大切な家族がいる事は大きな財産です。sachikaさんもご家族と共に頑張ってくださいね❣️

  9. さつき より:

    本当に不安で怖いことって、家族になかなか言えないですよね…。
    恐怖の中、誰にも言えずにひたすら自分を奮い立たせて毎日過ごしていた気持ちがすごく伝わってきて、切なくなりました。
    結果、いい方向に向かって本当によかったです。
    私も笑顔になりました。

    • sachika より:

      家族だから言えない…そうなんですよね。
      「気持ちが伝わる」と言ってもらえて、嬉しいです。
      読んでいただき、ありがとうございます。

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