家族の笑顔は必ず戻ってくる-2年間引きこもった長女の旅立ち-
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「うちのリビング、息が詰まる」

 

次女の言葉が、私の胸に突き刺さった。

ほっとできるはずのリビングなのに、こんな気持ちにさせてしまっているなんて・・・。

2年前までは、家族の笑顔があふれていたのに。

 

私と次女の視線の先には、今日も暗い顔でソファーに横たわる長女がいる。

 

2年前、高校2年生だった真面目で繊細な長女。

勉強にも、部活にも、精一杯取り組んでいた。

伝統校の吹奏楽部だった長女は、パートリーダーに選ばれて喜び、張り切っていた。

 

そんな長女に変化が起きた。

「まだまだ実力不足」

「もっともっと努力しないと」

と、いつも自分にダメ出しをしながら頑張っているうちに、いつの間にか心身のバランスを崩してしまったのだ。

 

眠れなくなり、食べられなくなり、入院もした。

1ヶ月後、退院した長女は、体重が10kgも減っていた。

退院後、また高校に通うことなんて、とてもできない体だった。

 

「頑張れない私は・・・最低」

 

長女は自分自身に絶望し、通信制高校に転校した。

 

長女の苦しい感情は、時に理不尽な形で家族にぶつけられた。

 

おしゃれして友達と遊びに行こうとする次女は、恐ろしい顔でにらみつけられた。

長女の服を落とした息子は、罵声を浴びせられた。

長女に声をかけた私や夫は、理由もわからず何週間も無視された。

 

長女の怒りの奥には、膨れ上がった悲しみや不安があった。

私は、なんとか彼女の心に寄り添いたかった。

でも私のどんな言葉も、心を閉ざした長女の、惨めで悲しい気持ちを動かすことはできなかった。

 

次第に次女や息子はリビングに寄りつかなくなり、夫も長女を冷たい目で見るようになっていった。

 

「前のように家族みんなで笑い合うことは、もう二度とできないの?」

 

変わっていく家族が怖かった。

私の一番大切なものが、目の前で壊れていく。

私は家族に笑ってほしくて必死にピエロを演じたけれど、家族の絆は解けていくばかりだった。

長女のためにも、家族のためにも、何もできない自分に歯がゆさだけが募った。

 

ある日

「お母さん、聞いて」

長女が突然、私の目をまっすぐに見て言った。

 

「大学受験をして、一人暮らしをしたいの」

「このままじゃイヤ!知ってる人が誰もいない所で、再スタートしたいんだ!」

 

え?一人暮らしして大学に?

2年間も引きこもっているのに?

 

突然の告白に、私は頭が真っ白になった。

長女がこんな風に、私の目をまっすぐに見て話をしてくるのは、いつぶりだろう?

 

「それは・・・まだ無理なんじゃない?」

のどまで出かかった言葉を飲み込んだ。

長女が膝の上に握りしめている大学の募集要項が見えたから。

 

絶望、葛藤、自分自身への怒り、そして未来への希望と覚悟・・・。

この2年間の長女の全てが、ぎゅっと強く握った手に表れている気がした。

 

募集要項、知らない間に自分で取り寄せたんだね。

私は、何もしてあげられなかった。

深い深い海の底に沈んで、もう二度と動き出せないように感じていたことだろう。

もう死んでしまいたい、消えてしまいたいと感じた日も、たくさんたくさんあっただろう。

そんな長女が、今また自分の力で歩き始めようとしている。

私にそれを止める権利なんて、あるわけがない。

 

「いいじゃん!新しい場所で新しい一歩を踏み出すって、最高だよ!」

私は笑顔で答えていた。

 

私たち家族にとって、この2年間は必要な時間だったのだ。

これからもっと強い絆と、あたたかい笑顔でつながるために。

より私たちらしい家族の形をつくっていくために。

 

長女の旅立ちの朝。

夫の車に荷物を積んで、私と長女は乗り込んだ。

ちょっとだけ期待してしまったけど・・・やっぱり次女と息子は起きてこなかった。

 

でもその前日の夜、いつも夜はバイトに出かける次女が家にいたので、久しぶりに5人そろっての夕食だった。

 

5人家族で揃って食べる最後のごはん。

 

みんなでしゃべっているように見えても、実は長女は黙って食べているだけだった。

でも私は嬉しかった。

次女は何も言わなかったけれど、間違いなくバイトを入れずに空けておいてくれたのだ。

長女のためではなくて、私の気持ちを察してくれたのかもしれないけれど・・・。

 

みんなの笑顔は、我が家に必ず戻って来る。

その日を信じて、今は進み始めた長女を心から応援しよう。

コメント

  1. kazuha より:

    心機一転、大きな一歩を踏み出された長女さんにエールを送りたくなりました(●´ω`●)
    そうできたのも、nonさん達親御さんが辛抱強く見守られたからなんでしょうね…。
    姉弟たちは、必要に迫られれば手を取り合うような気がします☆★
    私も今は、姉妹や親とは疎遠ですが、非常事態には、駆け付けて力になれる自分でありたいと日々生きております(´艸`*)

    • non より:

      kazuhaさん、ありがとうございます。この文章は長女を中心に書きましたが、次女と息子の気持ちも、私にとって悩みの種でした。kazuhaさんのお話で「兄弟は大切な存在ではあるけれど、その形はいろいろなんだな。それぞれの人生を歩み、必要な時には力を合わせるような在り方もステキだな」と感じて心が楽になりました。感謝です!

  2. wakana より:

    私も長女さんと同じ経験があるので読んでいて共感できる部分が沢山ありました。
    私も社会人になって2年間引きこもって、自死しようとして何度も救急車で運ばれていました。
    家族にも沢山迷惑かけました。私も何か変えたいと一人暮らしを始めた事をキッカケに病態も良くなり、でも今は結婚して幸せにくらしてます。
    あの時そっとそばに居てくれた家族には感謝しかないです。

    • non より:

      wakanaさん。ご自身の経験をお伝えくださってありがとうございます。辛かった時期を過ぎて1人暮らしを始めたとのこと、今穏やかで幸せな生活を送っていらっしゃるとのこと、すごく励まされます。娘にとっても、これがいい方向への曲がり角、新たな出発なんだと確信できた気持ちです。ありがとうございます!

  3. yuki より:

    わたしにも娘がいて、思春期でいろいろ分かり合えないこともたくさんあります。これから娘が決めたことをしっかり応援できるようになりたいと思いました。

    • non より:

      yukiさん、ありがとうございます。
      思春期の子供は、本人も親も悩み多く、小さくて手がかかる頃とは違った大変さがありますよね。長女が先日、「この2年間はほんとに辛かったけど、すごく自己理解が深まった」と言っていました。それを聞いた時、完全に止まってしまっていたと感じていたけど、実はすごい前進していたのか?という気持ちになりました。どの子も自分らしい幸せを見つけてほしいですね。

  4. Yokko より:

    私も家族間でつらい時期を過ごしてたことがあるので、立場は違えどもとても共感でき泣けました。
    必要な2年間だった…その考え方すてきです!
    長女さん応援してます。

    • non より:

      Yokkoさんも、ご家族のことで悩まれた時期があるのですね。家族って、あまりに近くて大切な存在だからこそ、逃げられないし辛く切ない気持ちになることもありますよね。Yokkoさんもそのような時間を過ごしたことがあるというお言葉に、勇気をいただきました。ありがとうございます!

  5. mai より:

    自分も娘がいるせいか、読んでいくうちに苦しくなりました。長女さんの葛藤やご家族の優しさがとても伝わり、感動しました。 ありがとうございました。

    • non より:

      maiさんも娘さんがいらっしゃるのですね。子育てをしていると、想定していなかったことばかり起こりますね。長女はこんな2年間を過ごしましたが、きっと私たち家族だからこそ、自分の弱さや情けない姿をさらけ出してくれたんだと思っています。そう思うと、辛かった2年間も宝物です。ありがとうございます!

  6. aako より:

    同じ家庭に育って、同じように接していても子どもにはそれぞれの思いがある。前の日に一緒に食事をした優しいこどもたち。笑顔は戻ってきますよ!

    • non より:

      aakoさん、ありがとうございます。
      今まで「家族」とひとくくりに思っていましたが、1人1人違う人生をもった5人が縁あって家族になったんだな、だからそれぞれの想いや生き方を尊重したいな、と思えるようになりました。きっと意味があって家族になった私たちなので、これから先も山あり谷あり、でも家族の愛に支えられることもたくさんあることを信じてゆっくり進んで行きます!

    • mai より:

      自分も娘がいるせいか、読んでいくうちに苦しくなりました。長女さんの葛藤やご家族の優しさがとても伝わり、感動しました。 ありがとうございました。

  7. sachika より:

    素晴らしいお母さんですね。
    わが家の娘も、大学受験直前に方向を変えて、私はあたふたしてしまいました。
    nonさんのどんな時でも子供を信じて応援する強さに感服しました。

    • non より:

      sachikaさん、ありがとうございます。高校生•大学生頃の子供って、親が思っているよりもずっといろいろなことを自分なりに考えているんですね。いろいろアドバイスしたくなってしまいますが、最後は自分が決めることが大事だし、自分で決めたことなら失敗してもまた進んで行けるのだろうと思えるようになりました。私の方が子どもから、大切なことをたくさん教えてもらってると思います!

  8. ゆみえ より:

    緊迫したピリピリした空気感がとても伝わって来て、ドキドキしながら拝読しました。
    親って、時に無力ですよね。でも娘さんを信じてどんな時でも味方でいることを貫いたnonさん、最高のお母さんです。ご家族の笑顔を心から祈りたくなりました。

    • non より:

      ゆみえさん、ありがとうございます。本当に家族みんながピリピリした生活を送っていました。長女に対しても、家族に対しても、私のしてきたことに反省ばかりなのですが、一方でいまだに正解も見つからずにいます。またみんなでくだらない話で笑い合える日を信じて、今日は今日で自分なりに満足した1日にできるように、前を向いて歩こうと思います!

  9. ほのかあかり より:

    誰かを変えるのではなく、娘さんを見守るご自身の考えが変わっていったこと。ご自身の在り方を家族を通して描かれていて。読後感がすごい良いと思いました。

    • non より:

      ほのかさん•あかりさん。ありがとうございます。子供たちが小さい頃は、親の思うように導くことができましたが…。大きくなった今は、それぞれが違う人間•違う人生なんだな。子供を変えることはできないんだな。と思い知らされています。まだまだ課題ばかりですが、止まっていた時間がまた動き出した我が家です。これから先どんなことが待っているのか楽しみに、私なりに毎日を充実させて過ごしていきたいと思います!

  10. さつき より:

    うちの子はまだまだ小さいですが、思春期になって気持ちを閉ざし、家族も疲れてきてしまっている状況を考えると、とても切なくなりました。
    nonさんもたくさん傷ついたかと思いますが、やっぱりお母さんってすごいなって思いました!
    一人暮らしを始めて娘さんに、私もエールを送りたくなりました!

    • non より:

      さつきさん、ありがとうございます。小さいお子さんの子育て、頑張っていらっしゃるんですね。子育て中は想像もしていなかったいろいろなことが起こりましたが、後から考えると、やっぱり1つ1つに意味があって、大変だったけど必要なことだったんだな、と思えます。一人暮らしを始めた長女は、いい距離ができたせいか、以前(体調を崩す前)よりも私や夫にはきちんと向き合って話せるようになりました。兄弟とはまだまだですが、いつかまた関係が変化する時が来るだろうと信じています!

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