「来週もまた見てくださいねー!じゃーんけーんぽん!
・・・うふふふふふ!」
テレビの中で私に笑いかけるアニメキャラクター。
その日の私は、彼女をボロボロと泣きながら見つめていた。
——このアニメでごく自然に描かれる家族の団らんも、仲睦まじい兄弟のやり取りも。
そのどれもが、今の我が家にはない。
「なんで、こんな家になっちゃったの…」
テレビの笑い声が響く部屋の片隅で、私はじゃんけんをせずに泣き続けた。
我が家に「家族の団らん」がなくなったのは、私が高校生の頃だった。
妹が、精神的な病気になったのだ。
妹は学年トップの成績で、絵に描いたような優等生。
勉強も運動も苦手な私とは、真逆の性格だった。
そんな妹は、しつけに厳しい父からも溺愛されていた。
「妹のようにお前も頑張れ」
「もっと勉強しろ」
父は私に、何度も何度もそう言った。
——うるさい。
——どうせ、私より妹の方が可愛いんでしょ。
私の心にはそんな思いが積み重なっていった。
…だけど、満たされていなかったのは、私だけではなかったらしい。
ある時期から、妹の様子がおかしくなっていった。
食事をとる量が減っていき、次第に一切の食べ物を受け付けなくなっていった。
元々痩せ型だった妹の体は、まるで骸骨のように。
明るかった妹から笑顔は消え、部屋にこもるようになったのだ。
父は、壊れていく妹を受け入れられなかったのだろう。
妹を元に戻すことばかり考えるようになった。
家にいるときはいつも、
「食べなさい!」
「話をしなさい!」
と妹を怒鳴り続けた。
家の中で聞こえるのは、父の怒鳴り声と、妹の泣き声や叫び声だけ。
母は、亭主関白な父の横で、ただ黙って座っていた。
そうして、家の中で私を呼ぶ声はなくなっていった。
「私もあなたの娘ですけど?私のことは何も気にしてくれないの?」
「病みたいのはこっちなんですけど」
そんな思いが積み重なる。
だけど、誰も私のことは見ていない。
担任の先生から「進路について親と相談してこい」と言われても、とても相談できる空気ではなかった。
——多分、私が今いなくなっても、誰も気づかないな——。
リビングのテレビから流れる、家族団らんの様子を見ながら泣いたのは、そんな日のことだった。
——もう二度と、このアニメは見ないでおこう。
テレビの笑い声と私の泣き声が混ざった部屋で、私はそう思った。
それから何年経っても、私は自分の気持ちを言えなかった。
受験勉強が大変で、心が折れそうになったときも。
慣れない一人暮らしで、寂しかった時も。
就職先が決まって、喜びを分かち合いたかった時も。
本当は家族に言いたかったけど、とても言える状態じゃなかった。
「誰か、気づいて」
本当は、いつも心の中でそう思ってた。
だけど、誰も気づいてはくれなかった。
その頃の私にとっては、毎晩一人で泣くことが唯一の感情表現だった。
…のだが……。
——コンコン。
いつものように私が部屋で泣いていると、ドアをノックする音が聞こえた。
「誰?」という間もなくドアが開く。
部屋に入ってきたのは、なんと父だった。
目を丸くして驚く私を見つめ、父はただ一言こう言った。
「すまなかった」
——え?今なんて?
父はさらに続けた。
「今思っていること、何でも話してほしい」
「何に苦しんでいるんだ」
……私が泣いてること、気づいてたんだ…。
私の部屋から漏れる泣き声を聞いて、父は私を気にかけてくれたらしい。
……遅いよ。
そう思った。
だけど一方で、嬉しかった。
——私をやっと見てくれた。
気がつくと、私の目からはいつも以上の大粒の涙がこぼれていた。
それは、今までのつらさや悲しみだけでなく、嬉しさも含んだ涙だった。
高校生の時から抱えていた葛藤や寂しさ、伝えたかった喜び——。
その全部が詰め込まれた、超大作の涙。
私は、まるで赤ん坊のようにわんわん泣いた。
そして父は、こう言った。
「お前ときちんと向き合ってこなかった。すまない」
「お前も当たり前に、大事な娘だから」
私のことなんて、何も考えていないと思っていたのに。
——私はもう、空気にならなくていいんだ。
その日以来、リビングには少しずつ「家族の団らん」が戻っていった。
妹の話しかしなかった父が、私が帰ると、「調子はどうだ」と聞いてきたり、私を買い物に誘ったりするようになった。
妹の病気に私も向き合い、妹ともたくさん話した。
妹は妹で、優等生なりのプレッシャーや父からの期待に押しつぶされていたのだ。
姉妹で泣きながら話し明かした夜もあった。
こうして少しずつ、私たちは家族の時間を取り戻していった。
そして現在、私は3人の子を持つ母になった。
子ども達を連れて実家に帰ると、孫にデレデレの優しいおじいちゃんが現れる。
昔の厳格な姿はどこへ行ったのやら。
そして、テレビからは、昔と同じあのアニメのセリフも流れてくる。
「来週もまた見てくださいねー!じゃーんけーん…」
「ポン!!」
……来週こそは勝つぞ!うふふふふふ!
コメント
私も昔、泣きながら過ごした日々が何度もありました。でも、それがあったから今があって、意味のないことは一つもないなと、 Yokkoさんの経験を通して、自分のことを振り返る機会をいただきました。今ある幸せに感謝して毎日を過ごしていきたいです。ありがとうございます。
心に響いて、しばらく涙が止まりませんでした。私も物心ついた頃から両親の中が悪く、似たような環境だったこともあり、気がついたら自分と重ね合わせて読んでいました。作者さんご自身とご家族が分かり合えたこと、心からよかったと思いました。そして、作者さんが今まで自分の本当の気持ちに蓋をして我慢して生きてきたことから解放されて、自分の事のように嬉しく感じました。文字にして言葉にすることで、私の気持ちも浄化されたような気がします。そして、このエッセイを通して、私の心のわだかまりが『自分を見て欲しい』という気持ちだったことに気がつけました。このエッセイを通して気がつけて、救われた気持ちです。お辛い経験を思い出して文字にしてくださって、ありがとうございました。
コメントありがとうございます!
yさんのお辛い体験と重ねて読んでいただいたんですね。逆にお辛い思いをさせてしまったかもしれませんが、言葉にしてくださりありがとうございます。
心のわだかまりが少しでも浄化されますように。
心がギュッとしました、最後はほっこり。
子供の気持ちと、親になって感じる気持ちと場面場面で、揺れる思いがありますね。
コメントありがとうございます!
そうなんですよね、子どもの気持ちと親になって分かる気持ちと…揺れる思いはずっとありますね。
最後ほっこりしてくださりありがとうございます(^^)
実体験からのエッセイなのかな?
続編を期待しています!
コメントありがとうございます!
実体験をそのまま書かせてもらいました!
続編の期待ありがとうございます(^^)
まだまだ書きたいことあるので機会があればぜひです。
毎週変わらない日常がある幸せっていいですよね。
僕もジャンケンを見る度に過去のことを思い返します。
コメントありがとうございます!
そさんもじゃんけんで思い出す過去があるのですね。
ほんと、毎週変わらない幸せ、当たり前にある幸せっていいですよね(^^)
亭主関白なお父さんが歩み寄って家族の関わりが変わっていく描写を読んでいて、気持ちを伝え合うのって大事だなーと改めて思いました。
最後のうふふふふからYokkoさんの今の幸せな暮らしが想像できますね!
そしてサ○エさんがふいに見たくなりました。
コメントありがとうございます!
気持ちの伝え合い、大事ですよね。
今の幸せな暮らしを感じ取ってくださり嬉しいです。
ぜひ、サザ◯さん見てください(^^)
みんなが一生懸命生活してきて、それでも余裕がなくて十分には向き合えずご苦労をされて、けど愛情を持って乗り越えてこられたと思うと、とても尊敬できます。
今日はどうだったと気にかける、人間関係の基本だな、と改めて感じさせられました。
コメントありがとうございます!
そうですね、当時は分からなかったけど、ちゃんと愛情を持って父なりに頑張っていたんだなと今なら分かります。
人間関係の基本まで感じてくださって、ありがとうございます(^^)
家族のことを振り返りました。
Yokkoさんにとって
辛い時期があったと思いますが、
「すまなかった」
「大事な娘だから」
と言えるお父さん、素敵です。
私の父は、幼い頃から
私のことなんか見えていないんじゃないか、
というくらい寡黙で、
何を考えているのか分かりません。
今もです。
Yokkoさんのお父さんがされたように、
私も歩み寄って、
父と話してみようと思います。
コメントありがとうございます!
ぴかちゅーさんのお父さんも、そんな感じだったんですね。でも、歩み寄ってみようと思えるぴかちゅーさん、すごいです。
そう思ってもらえてこちらも嬉しいです。
応援してます(^^)
すごく大変で心苦しい経験を、乗り越えて昇華していく過程がひしひしと伝わり、心打たれました!
久々にサザ◯さんとわたしもじゃんけんしようかな!
コメントありがとうございます!
想いが伝わってよかったです。
久々にサ◯エさんとじゃんけんしようと思ってもらえて嬉しいです(^^)
お辛い経験でしたね。Yokkoさんはもちろん、お父さん、妹さんも…
そんな過去を乗り越えたYokkoさんは、きっと心お優しい方なのだと思います。
お孫さんも増えた今、これから、また新たな絆が深まりますように!
コメントありがとうございます!
素敵なお言葉、嬉しすぎます。
ほんと、これから新たな絆が増えていきますね(^ ^)
素敵なエッセイをありがとうございます。
わたし自身、明るく優しい妹と自分を比較して落ち込んだり、親から愛されていないのでは……と不安に押しつぶされそうだったりした時期があり、自分ごとのように読ませていただきました。
あの日あの時つらく感じたジャンケンの掛け声がYokkoさんとご家族に優しく響き続けることを祈らずにはいられません。
コメントありがとうございます!
mさんも辛い気持ちを抱えたことがあるんですね…。姉妹は特に、いろいろとありますよね。mさんのご家庭にも、笑い声が響き続きますように(^^)
あっという間に夢中になって読んでしまいました。
私も子どもの頃「私なんていらない子なんだ」と1人布団の中で泣いた夜を思い出しました。忘れていた苦い思い出を思い出させてくれてありがとうございます。自分も頑張ってきたな〜と褒めることができました。
コメントありがとうございます!
みかさんも、1人泣いた経験があるんですね。お辛い経験を思い出させてしまい申し訳ないですが、みかさんもよく頑張りましたね!お互い自分を褒めましょう(^^)
Yokkoさんの視点を主軸にしながら、お三方の葛藤と苦悩からの心の変化が読み取れて、自然と涙が出ました。心の有り様で今までみていた景色がガラリと変わるという経験、自分にとってはどんなことだったかなと考えるきっかけにもなりました。今がお幸せそうで最後はとてもほっこりしました♩
コメントありがとうございます!
とても素敵なお言葉うれしすぎます。
ほんと、心の有り様で同じ物見てても全然変わるんですよね。
今はとても幸せで、毎週じゃんけんしてます(^^)
お父さん、気づいてくれてよかったですね(●´ω`●)
Yokkoさんからしたら「遅いよ…」だったと思いますが…。
辛い時期を乗り越えて、家族の絆を取り戻せてよかったなぁと思いました☆★
コメントありがとうございます!
気づいてくれるまで時間はかかりましたが、今では心配されすぎなくらい私のことを気にかけてくれています 笑
嬉しいお言葉ありがとうございました(^^)
ちょうど先日、父との沖縄旅行先、夜二人でテラスでお酒を飲んでいた時。
父が急に『お前が小さい時お姉ちゃんなんだからと言い聞かせてばかりいてすまなかった』と長女を理由に我慢させていた事を突然謝ってきた出来事を思い出しました。
なんでいまさら?って思ったけどお父さんもお父さんなにり色々おもってたのかなぁ。って思って読んでました。
私の父も亭主関白だったので孫にデレデレの父を見ると笑っちゃいます(笑)
コメントありがとうございます!
わぁ、同じ状況ですね!
不器用なだけで、お父さんもいろいろと考えてるんですよね。
2人でお酒飲める関係、素敵です。
昔と違ったデレデレ姿、笑えますよね(^^)笑
みんなが一生懸命生活してきて、それでも余裕がなくて十分には向き合えずご苦労をされて、けど愛情を持って乗り越えてこられたと思うと、とても尊敬できます。
今日はどうだったと気にかける、人間関係の基本だな、と改めて感じさせられました。
心の負担なく見れるはずの幸せなアニメやドラマを見れなくなる。辛い気持ちって、こんな形でも表れるんですね。それを文章で表現してくれたYokkoさん、リアルが伝わってきてすごいなって思いました。お父さんの気持ちも伝わってきて。家族っていつどこからでも再スタートできるし、その時に一番いい形の幸せを作っていけるんだって力をいただきました。
コメントありがとうございます!
辛い気持ち、父の気持ち、伝わってよかったです。
家族はいつでも再スタートできる、素敵な言葉をありがとうございます(^^)ほんとにその通りですよね!
じゃんけんの描写が家族との関係、時間の流れを重ねていてお父様の変化が伝わってきました。お父様も苦しんでいたんですね。
コメントありがとうございます!
そうなんです、父も苦しかったんだろうなぁと今になってわかります。。
描写や時間の流れなど、細かい所を感じ取ってくださり嬉しいです(^^)
わたしも子どもの頃観てました!久しぶりに思い出しました。葛藤を乗り越えたYokkoさんの様子がすごく伝わってきてじんとしました。
コメントありがとうございます!
子どもの頃、自然とテレビ付いてて見ていた家庭多いですよね。
葛藤を乗り越えた様子伝わってよかったです(^^)
泣きましたーーーー!
きっとお父さんも苦しかったんだろうな…って、親の立場になったからわかりますよね。
精神的な病気など、すごくダークになりそうな話なのに、あのアニメとうふふふふでほっこり。
素敵なお話でした!
コメントありがとうございます!
そうなんですよ、親になってみるとあの時の父の気持ちがすごく分かります。
父なりに頑張ってくれてたんだなぁと…。
素敵なお言葉ありがとうございました(^^)
当時、Yokkoさんがどれだけ辛かったのか、どれだけそっと涙を流していたのか伝わってきます。
サ〇〇さんのじゃんけん、作品の中で、とても効いてますね。
コメントありがとうございます!
辛かった思いを感じ取っていただきありがとうございます。
サ◯◯さん、見るたびにほんと当時を思い出すんです(^^;)
まるで自分がその場にいるかのように引き込まれてドキドキが止まらないまま読み進めてしまいました。
辛い経験をされた方は、強くて美しい。と感じた文章でした。
コメントありがとうございます!
読み進めてもらえて、嬉しいです(^^)
強くて美しいだなんて、そんな素敵な言葉までいただけて感無量です!
心動かされました!
辛い経験のはずなのに、国民的アニメのジャンケンで、笑える結末になるなんて、センスがいいですね!
コメントありがとうございます!
嬉しいお言葉ありがとうございます。
重い経験ですが、今は笑えてることが伝わったなら嬉しいなぁと思います(^^)
日本人なら誰でも知っている番組ですね!
けっこう重たい内容なのに、ジャンケンの描写を入れることで真剣になりすぎずに読み進められ、とても勉強になりました。
終わり方もステキ!私も思わずウフフフ…と笑ってしまいました。
コメントありがとうございます!
じゃんけんの描写を重視してたので、そう言ってもらえてとても嬉しいです。
最後笑っていただけて、ありがとうございます(^^)!