のほほん自閉症児の成長。離れて気づいた「生きる力」
Satsuki

「キャハハハッ!」

 

エレベーターの中で、突然6歳の息子が笑い出した。

 

この狭い空間の中には私と息子の他に、70代くらいの夫婦らしき男女と、食料が入ったエコバックを下げた40代くらいの女性。

 

シーンと静まり返っている中、息子のかん高い笑い声はあまりにも異質だ。

 

「アハハハッ!」

 

息子の笑い声は止まらない。

 

私とつないだ手でリズムを取るのが面白いようだ。

私はこっそりと目線だけ動かし、周りの反応を伺った。

 

__迷惑に思っているだろうな……。

 

心の中でそう思う。

 

だけど、私は息子に「静かにしなさい」と叱ることができない。

 

そうしてしまえば、息子は場所なんておかまいなしに怒ってしまう。

 

「ギャー!」とか「ウォー!」とかいう叫び声より、笑い声の方がよっぽどあたたかい目で見てもらえることを、私はすでに知っているのだ。

 

息子は3歳の時に自閉症と診断された。

 

知的障害もあり、知能指数は2歳程度。

 

「これやっちゃダメだよ」

「こういうふうにしようね」

 

言葉や写真で説明しても、まだまだ分かってもらえないことが多い。

 

だから私は、いつも先回りして息子のサポートをする必要がある。

 

エレベーターや電車、レストランでの食事や順番待ち……。

 

__なるべく人様の迷惑にならないように

__知らない大人から怒られ、息子が萎縮してしまわないように

 

ありがたいことに、周囲は息子と私をとてもよく受け入れてくれている。

いつも誰かが息子に手を貸してくれ、優しい目を向けてくれるのだ。

 

そんな環境が幸せだと思うからこそ、時折心底不安になる。

 

__成長した息子は、これから社会でどう生きていくのか

 

一人で社会に出たら、癇癪を起こしても誰もフォローなんてしてくれない。

自分で伝える力がなければ、何も伝えられない。

 

考えても仕方ないと分かっている。

でも息子の将来を想像すると、私は不安のあまり泣けてくるのだ。

 

のほほんとした表情で抱っこをせがむ息子の肩に、私はそっとため息をついた。

 

そんなある日。

 

つい数分前までリビングにいた息子が一人で外出してしまうことがあった。

 

遊んでいた積み木も放り出されている。

 

玄関の鍵が開き、息子の靴もないことに気づくと、サーッと血の気が引いた。

 

自宅の目の前は、大型トラックも通る大通り。

 

パニックになりながら家の周りを探していると、すでに警察に保護されていることが分かった。

 

「よかったぁ……」

 

死ぬほどほっとしたのも束の間。

 

「ご自宅までパトカーで送りますんで!」

 

警察の一言に、私の心臓はまたキュゥッと縮み上がった。

 

なぜなら息子はシートベルトを締める時、いつも大泣きし力いっぱい抵抗するからだ。

 

ぎゃぁぁ!

と泣き叫ぶ息子と

 

我慢して!

と怒鳴る私。

 

こんな地獄絵図を、お世話になった警察に晒してしまうのか……。

 

あぁ、本当に申し訳ない……。

 

うんざりした表情の警察官や号泣する息子を想像すると、気持ちがズーンと重くなった。

 

憂鬱な気持ちで息子の到着を待っていると、一台のパトカーが自宅前に止まった。

 

私は恐る恐るパトカーに近づき、窓から後部座席をのぞきこむ。

 

すると、目の前には驚くべき光景が広がっていた。

 

パトカーの中には、きちんとシートベルトを締め、ピンと背筋を伸ばした姿で座っている息子がいたのだ。

 

えぇー!本当にうちの子?!

 

さらに息子は慣れた手つきでシートベルトを外す。

そして「今帰ったぞ」と言わんばかりに、堂々と家の中に入っていった。

 

想像もしていなかった光景に、私はポカーンとしてしまった。

 

そんな私に警察官が近づく。

ハッとした私は、急いでお礼を伝えた。

 

「本当にありがとうございました」

 

そして恐る恐る聞いてみた。

 

「あの、息子は自閉症がありまして……。

ご迷惑をおかけしませんでしたか……」

 

チラリと警察官の顔を見ると、息子と一戦交えた後の表情とはとても思えない、柔らかい表情だ。

 

警察官は穏やかな口調でこう言った。

 

「いえ!すごくお利口さんでしたよ!」

 

嘘でしょ……。

 

信じられないけど、あの息子がきちんとシートベルトを締め、一切泣かずに帰宅した。

 

なんだか涙が出そうになった。

 

私がそばにいなくても、ちゃんとできたんじゃん。

 

苦手な「初めての場所」でも、ちゃんとお利口にできたんじゃん。

 

__迷惑をかけないように

__周りから白い目で見られないように……。

 

いつも先回りして、フォローしてた。

息子のそばを離れないように、ぴったりくっついてた。

 

でも……

 

__私が不安に思っていることって、もしかしたら杞憂なのかもなぁ……

 

障害があるし、マイペースだし。

なかなか成長しないなぁなんて思ってた。

 

でも、そんなことはない。

いざという時は、しっかりできるってことが分かったのだ。

 

__息子には息子の、生きていく力があるんだ。それを私が信じてあげなくちゃ。

 

リビングに戻ると、息子は鼻歌を歌いながら積み木を積み上げている。

 

その横顔は、外出した1時間前より頼もしく見えた。

コメント

  1. ちょぼ より:

    日々、お子さんと共に歩み、気を抜けない中にもたっぷりの愛情が感じられました。自分の子育ての時を思い出し、懐かしい気持ちにもなりました。
    素敵な作品です。

    • Satsuki より:

      ちょぼさん、コメントをありがとうございました。
      私の文章を読んでいただき、さらに「素敵な作品」と言っていただけて、感謝の気持ちでいっぱいです。

  2. れいこ より:

    とても暖かくて素敵なお話ですね。息子くんに是非是非お会いしたい。

    お二人にとっての冒険成長物語。ジーンとしました。

    絶対に彼は「人たらし」ですね。あ、ちなみに言い方の意味ですよ、もちろん。
    (多くの人を惹きつけ、誰からも愛される人のこと)

    • Satsuki より:

      れいこさん、コメントありがとうございます!!
      いつか息子を連れて会いに行きますね(^ ^)
      「人たらし」、あるかもしれません笑

  3. ヒカル より:

    さつきさんのお子さんに対する愛情がヒシヒシと伝わってきました。
    今、まさにイヤイヤ期の娘に振り回される毎日なので、周りへの配慮の気持ちがすごく共感できて『わかる〜』と心の中で叫んでしまいました 笑

    • Satsuki より:

      周りの目が気になるのは、障害があってもなくても同じですね。
      「共感」していただけたこと、とってもとっても嬉しいです!
      コメントを寄せていただ気、ありがとうございました。

  4. どいのり より:

    satsukiさん
    息子さんが一人で家を出て、戻って来るまでの様子がご自分の気持ちを上手く描写されていました。まるで目の前で目撃したかのように引き込まれました。
    地獄絵図ではなく幸福絵図を見せてもらいました。

    • Satsuki より:

      そんな感想をいただけるなんて、とても嬉しいです!!
      「幸福絵図」、表現がお上手!!笑
      嬉しい応援コメントをつけてくださり、ありがとうございました。

  5. kazuha より:

    ❝「今帰ったぞ」と言わんばかりに、堂々と家の中に入っていった。❞
    息子さんが「えっへん」と腰に手を当てて、ズンズンと家に入っていく様子が、頭の中に現れました(●´ω`●)
    お子さんって、親の知らないうちに知らないところで成長されるんですね☆★
    ほっこりしました。

    • Satsuki より:

      「情景が目に浮かぶように…」は最後まで苦労したところだったので、ほめていただき、とても嬉しいです!
      あたたかいコメント、ありがとうございました。

  6. non より:

    子育て中のいろいろな苦労や悩み、目に浮かぶように伝わってきました。
    息子さんが、自分自身の生きる力を発揮して大きく成長していたのも、ご家族が温かく見守ってサポートして来られた結果だと思います。心から安心できるご家庭があるから、外で1人で頑張れたんですね。文章にも子育てにも、尊敬の気持ちでいっぱいになりました。

    • Satsuki より:

      >ご家族が温かく見守ってサポートして来られた結果だと思います
      そんなふうに言っていただけるなんて、うるっとしてしまいました。
      nonさん、嬉しいコメントをありがとうございました。

  7. Sally より:

    息子さんへのあたたかい愛情がすごく伝わってきました。
    ついつい先回りしてしまう気持ちも、めちゃくちゃわかります…!
    でもいつのまにか子供は成長してるんですよね。
    私もついつい先回りして口うるさく言っちゃうの…やめます。笑

    • Satsuki より:

      Sallyさん、嬉しい感想のコメントをありがとうございます。
      子供の成長を妨げているのかも…とは思いつつも、子供が今困らないように先回りしちゃいますよね。
      お互い気をつけましょう笑

  8. mai より:

    様子が目にうかぶようでした。
    さつきさんの息子さんに対する気持ちが痛いくらい伝わり、自分だったら…と考えさせられました。
    感動しました。ありがとうございます。

    • Satsuki より:

      感動しました、なんて言ってもらえて、とても嬉しいです。
      maiさんのそのコメントに私の方が感動です( ; ; )
      コメントありがとうございました。

  9. aako より:

    子どもを思う母の気持ちが、自分事のようにとても伝わってきます。
    さつきさんの文章は切り口が面白くていつも楽しみにしています。
    なんせ、ファン1号ですから(^_-)-☆

    • Satsuki より:

      aakoさん、コメントありがとうございます!
      「いつも楽しみにしています」なんて、少しこそばゆいですがとっても嬉しい(^ ^)
      これらもファン1号さんの期待を裏切らない文章を書けるよう、頑張ります!

  10. Yokko より:

    一連の流れがテンポよくて、ドキドキしながら読ませてもらいました。
    子どもの成長って、ほんと意外な時に実感できることありますよね。

    • Satsuki より:

      >子供の成長って、ほんと意外な時に実感できることありますよね。
      本当にその通りですね!!ふとした時に見せてくれる意外な表情に、ママはパワーをもらえます(^^)
      コメントありがとうございました。

  11. yuki より:

    お母さんと息子さんの日常が目に浮かびました。
    子どもは知らないうちに、どんどん成長していくんですね!なんとも頼もしい姿に拍手を送りたくなりました!

    • Satsuki より:

      yukiさんのおっしゃる通り、子供って知らないうちにどんどん成長していくんだなと思いました。
      毎日見ているはずなのに、不思議ですよね。
      コメント、ありがとうございました。
      とても嬉しかったです。

  12. sachika より:

    お母さんのハラハラドキドキが、伝わりました。息子君の成長、素敵なエピソードですね。

    • Satsuki より:

      毎日ハラハラドキドキの連続です笑。
      でもそれが子育ての醍醐味でもありますよね。
      コメントを寄せてくださり、ありがとうございました。

  13. ゆみえ より:

    状況が目に浮かぶようでした。
    お母さんにしかわからない苦労もありますよね。息子さんの成長が喜ばしい気持ちがとても伝わってきて、きゅんとしました。

    • Satsuki より:

      息子の成長は、私の人生の喜びです(^^)
      嬉しい感想を寄せてくださり、ありがとうございました。

  14. ほのかあかり より:

    お子様を通しての親の成長を描いてるというのか凄く伝わってきました!視点がはっきりされていてすごくわかりやすかったです。

    • mai より:

      様子が目にうかぶようでした。
      さつきさんの息子さんに対する気持ちが痛いくらい伝わり、自分だったら…と考えさせられました。
      感動しました。ありがとうございます。

    • Satsuki より:

      コメントありがとうございます。
      言いたいことをきちんと伝える文章を書くのは難しいですよね。
      私も日々勉強です。
      お互い頑張りましょう(^^)

    • Satsuki より:

      maiさんへ

      コメントありがとうございます。
      「感動しました」との言葉、とても嬉しいです!!

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