WOMANエッセイアワード2026
WOMANエッセイアワード2026
🥈 第2位

本屋の神様

ムロ

「ひーちゃんといると疲れるから遊びたくないって言ってるよ」
ヒロコ、小学5年生。
給食が終わり、昼休みの直前。
急に友達から回ってきた伝言。
うるさいはずの周りの音が一瞬消えた。
「あ、そうなんだ。わかった」
泣きそうだったが何でもないふりをして、そっけなく返事をした。
小学生の私には、この世の終わりみたいな日だった。

私って人から嫌われてたんだ。
そう自覚した途端、自分の言動一つ一つが怖くなり何をするにも人の顔色をうかがうようになってしまった。
そして、人に好かれる自分を演じるくせがついた。

でしゃばりすぎず、暗すぎず。
男の子とも女の子とも同じぐらい話す。
仲がいい子同士の話には首をつっこみすぎない。自分の知らない話をされても不機嫌にならない。いつでも明るく、さっぱりと。

演じて、演じて、演じて‥
誰からも好かれて、人気者の「私」ができあがった。

「人から嫌われたくない」
この思いだけが私の中に根強く残っていた。
そんな自分は全然好きじゃなかったけど、人に嫌われるよりはマシだった。

社会人になってもそれは変わらなかった。
ショップの店長として働く私は、とにかく部下から嫌われないように気をつけた。

「店長〜‥これできません。また教えてもらえませんか?」
最近入社したナミは素直ないい子だが、なかなか仕事を覚えようとしない。
でも、うるさいと思われたくないから厳しいことは言わない。
「いいよ、私がやっておくから」
「どこまでもついていきます〜店長!」
もう一人のスタッフ、チハルも
「このお店、店長がいてくれるからうまくいってますよね!」と会話に入ってくる。

良かった、ここでも私ちゃんとうまくやれてる。
何よりもそれが一番大事。

たとえ、おしゃべりばかりの部下に注意ができなくても。
仕事のほとんどを私がやっていたとしても。

そうやって、ずっとうまく生きてきたのに‥
まさかまたあんな思いをするなんて思ってもみなかった。

ある日、この二人となら仕事以外でも話してみたいなと思った私は二人を飲みに誘おうと数日前から決めていた。

「二人とも、今日みんなでご飯食べて帰らない?」
ちょっとした沈黙のあと、ナミがもごもごと話し出す。
「すみません、今日ちょっと早く帰らないといけなくて‥」
「私も今日予定があって‥」

一瞬、気まずい雰囲気が流れる。

「そっか。じゃぁまた今度みんなで行こうね!
私は先に出るから電気お願い!」
明るく切り上げる。気にしてないそぶりを見せることが大事だ。

「はーい!おつかれさまでした!」
二人が私に向かって手をふる。

駅に向かう途中、傘を忘れたことに気づいて店にひき返すと二人がまだ残っていた。

二人の声が途切れ途切れに聞こえる。
胸がざわつく。ずっと脅えていた感覚が胸の中にぶり返してくる。
きっと、この二人は私の話をしている。

「今から二人で飲みいくのバレてないかな?」
「どうだろ?さっき誘われたとき焦ったね(笑)店長って別に悪い人じゃないけどね〜」
「わかる。いい人なんだけどね。」
「まぁ、あんま信頼もされてないみたいだしね」

目の前が歪む。
喉の奥が熱くなって、頭がボーっとする。

「いい人なんだけど」の後にくるのは
「好きになれない」だろうか。
ハッキリ言わないのは、きっとあの子たちがいい子だからだ。
「信頼されてない?」
なんで?そんなこと思ってない。

頭の中でぐるぐる回る。
取り繕って、細心の注意を払って‥結果、嫌われた。

何とか店から離れ、駅に向かう。
足が重い。

「一人の部屋に帰りたくないな‥」
そう思った私は逃げ込むように本屋さんへ立ち寄った。
適度な静けさに包まれた空間に張り詰めていた心がホッと緩む。
無意識に一冊の本を手に取る。
パラパラとめくった一文に目が止まった。

「どんなに取り繕っても、あなたのことを好きな人と嫌いな人は半分ずつ。」
「人の感情はコントロールできないから、自分だけは好きだと思える自分でいること」

詳しい言葉は覚えていないがそんなニュアンスだったと思う。
それを見た瞬間、頭を殴られたような衝撃だった。
「え、リアルタイムすぎない‥?」
どん底な気分だったが、あまりに自分へのメッセージすぎてちょっと笑ってしまう。
でも、本や映画はそのときに自分にぴったりのメッセージをくれると何かで聞いたことがある。

「どんなわたしでも‥好きでいてくれる人はいるのかな?」
心にポッと灯りがついたような暖かさを感じる。
いつのまにか胸のあたりが少し軽くなったように思えた。

次の日出勤すると、昨日聞いてしまった会話がうそかのようにナミが話しかけてくる。
「店長〜これまたできないんですけど‥」
私は静かに深呼吸する。
「ナミ、これは前に教えたから自分一人で最後までやってみて!」
いつもの私なら絶対に、絶対に言わない。
ナミは「‥は〜い。」と若干不服そうだが、黙々と作業をやり始めた。
これで、嫌われるのかもしれない。でも、意地悪をしてるわけじゃない。
昨日本屋で見かけた、たったあの一文で目が覚めたのだ。
私は自分のことを好きじゃないのに人には「好きになってください」ってなんて傲慢だ。
まずは自分に恥じないよう、やることをやろう。
それで嫌われたとしても、私は私を好きでいられる。

「店長!!」
ナミが急に大声を出す。
「これ!私ひとりで全部処理できました!!」
興奮して、子どもみたいなはしゃぎ方をするナミに思わずプッと吹き出してしまう。
「できないと困るんだよ(笑)何回も教えたでしょ?それにナミはちゃんと丁寧に仕事できるんだから自信もってやってね」
好かれようとして言った言葉ではなく本心だった。
ナミが目を丸くしてこちらを見ている。
「私のことそんなふうに思ってくれてたんですか?私、全然期待されてないし仕事任せたくないと思われてるのかな〜って‥」
ナミがうつむきながらポツポツと話し出す。
それを聞いて、言葉を失った。
そんなふうに思わせていたなんて。
私が、注意をしなかったり、嫌われたくないからと仕事を全部自分でやっていたことが裏目に出ていたのだ。
「ナミ、ごめん。そうじゃないよ。私、人に嫌われるのが怖くて‥だから注意しなかったんだよね。仕事も私がやればいいと思ってた。これからはビシバシいくから!ナミも遠慮せず何でも言ってね」
今までずっと、誰にも言えず呪いみたいになっていたものが浄化されていくように感じた。
どう思われるかとか、そんなこと考えずに自分の心のままに会話ができる。
そんな私が、私は誇らしかった。

「なんか、もう少し店長と話したいです。今日閉店したらチハルも呼び出して三人で飲みに行きませんか?」
ナミが照れたような笑顔で言う。
「うん!行く」
心からの笑顔で私は返す。
ちゃんと向き合わないと、こんな喜びはきっと知らなかった。

あの本をもう一度読みたくて、本屋さんに行ったが探すことができなかった。
あの日、あのときのメッセージはきっと本屋の神様からのギフトだったんじゃないかなと心から思う。

審査コメント

読む前から思わず気になってしまうこのタイトルが、
見事に人生の転換期として回収されていました。

印象的だったのは、ムロさんの正直な表現力です。

時には残酷な女性の“生態”。
目を逸らしたくなるような心の闇さえも、
ありのまま言葉にしてしまう。

だからこそ同じ女性である私たちの心にまっすぐ刺さり、
気付けば最後まで引き込まれていました。

人生が変わる瞬間の痛みも、
その後に訪れる変化も丁寧に描かれており、
主人公を応援したくなると同時に、
読者自身も前を向く力をもらえます。

私たちにも「本屋の神様」のような存在が、
人生のどこかで訪れているのかもしれない。

そんな希望を感じさせてくれる、
温かく力強い作品でした。

ムロさん、おめでとうございます!

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