「わたし、あの日だけは最強だった! 」~わたしが少し強くなれた日~
yuki
ライター
「もう全部やめてしまいたい」
わたしは、このまま動くのをやめたらどうなるのか、心の底で考えていた。
「いや、止まったら終わるよ」
もう一人の自分がささやく。
「でも、もう足が鉛で、次の一歩が、出ない!」
ーーーあの日、わたしは”人生で最も過酷な自分との戦い”の真っ最中だった。
登山なんて、ハイキングの延長だと思っていた。
山ガール風の可愛いかっこうで山頂に立ち、
「わーっ!山だ。すごーい!」
なんて叫ぶ。
そんなさわやかなイメージだったのにーー現実は壮絶な試練だった。
登山歴10年、筋金入りの山女・Sちゃんに誘われて、初の本格的な山旅へ。
「初心者でも登れる山だよ!」
ーーこの甘い誘い文句を、なぜ疑わなかったのか。
長野の山へ向かう電車では、
「山小屋で飲むビール、絶対美味しいよね!」
「満天の星空、早く見たいな」
と、楽しく話していた。
……そう、この時までは、元気いっぱいだった。
登山口で、二泊三日の荷物がパンパンに詰まったリュックを背負った瞬間、
「重っ、これ背負って登れるの?!」
もはや登山というより、修行の始まりだった。
いよいよ、登山開始。
登り始めてすぐに、想像と現実のギャップに打ちのめされる。
緩やかな山道?
ない。
足元は木の根っこ、大きな岩、また根っこ。
目の前には、木々が立ちはだかる。
斜めに傾いた岩を踏み外して、リュックごと後ろへドーン!
仰向けの亀状態で、起き上がれない。
「大丈夫?」
「う、うん。なんとか」
はぁ…ぶざまなわたし。
立ち上がるたび体力が削られ、タオルはすぐびしょびしょ。
ファンデーションなんて、とっくに消滅。
一方、Sちゃんは、軽やかにスイスイと登る。さすが、山女!
「おーい!可愛い花咲いてるよ」
(ごめん、それどころじゃないの!!)
休憩のたびに、足が鉛のように重くなる。
「あとどのくらい?」
「えっと…2~3時間?」
え、さっきもそのくらいって言ってなかった?
終わりなき2〜3時間。
”頑張る”という言葉が、頭からフェイドアウトしていく。
「もうダメかも…」
心の声が漏れた瞬間、身体から魂が抜けていくような脱力感。
頭に浮かんできたのは、つい最近友だちと食べたイタリアンのパスタとビール。
あぁ…美味しかったな。
いやいや、それ以前に…わたし、下界に戻れる?
なんで今、こんなに身体が悲鳴をあげているのに、山にいるんだっけ?
ここからワープして、家のソファに倒れこみたい。
気づけば、”楽になる妄想”ばかりしていた。
その瞬間、ハッとした。
「いけない!わたし、逃げようとしてた」
思えば、わたしはいつも無意識に”楽な道”を選んできたのかもしれない。
目標の手前で、
「どうせ無理…」と逃げ出したこと。
挑戦の直前で、
「失敗したら恥ずかしい…」と手放したこと。
誰かに頑張る自分を見られるのが、怖かったのかもしれない。
今日もまた、逃げたい、消えたいと思った。
でも、この山だけは逃げられない。
下山する体力すら残っていないのだから。
「わたし、ここで逃げちゃだめだ!」
逃げ場所を失ったとき、初めて真正面から”わたし”と向き合った。
___ 魂が、少しずつ身体に戻ってくる。
涙か汗か、わからないものが頬を伝う。
思考がようやく前向きになり始めた、そのとき。
Sちゃんが、最高の笑顔で言った。
「山小屋についたら、美味しいビールが待ってるよ!」
___ ビール!
そのSちゃんの魔法の言葉が、わたしのスイッチを押した。
「行くしかない!」
木漏れ日を浴びながら、わたしは再び立ち上がる。
突然、マリオが最強になるときの”戦闘曲”がわたしの脳内で流れ出す。
気分は、RPGの主人公だ。(笑)
そしてーーついに山頂の山小屋に到着!
「やっとついた!」
Sちゃんが買ってきてくれた、キンキンの缶ビール。
「かんぱーい!」
「う、うまっ!」
いつもの缶ビールなのに、全身に染み渡る幸福。
あぁ、この一口のために登ってきた気がする。
「よく頑張ったね!」
「うん、わたし・・・最強かも!」
少し休んで、山頂へ。
目の前に広がったのは、息を飲むほどの絶景。
見渡す限りの山々が、太陽の光を浴びてきらきらと輝いている。
遠くに浮かぶ雲の影が、ゆっくりと山肌を流れていく。
汗を乾かす風が、心の奥深くまで通り抜けていく。
「うわ~、すごい…!」
あんなに苦しかった時間が、一気にご褒美に変わった。
「この景色を見に来たんだ!最高!」
__ 日常に戻ってから、嫌なことがあっても思い出す。
「大丈夫。わたしは、あの逃げ出したかった山を登りきったんだから」
そう思うたびに、心の中で小さくつぶやく。
ーーあの日、わたしは自分を裏切らなかった。
わたし、あの日だけは最強だった。
でも数日後は、筋肉痛に完敗だったけど。
コメント
私まで、一緒に山登りして
景色をみているようでした。
読み終えた後、冷蔵庫から
ビ―ルを出していました!
ステキな文章ありがとうございます。
「初心者でも登れる山だよ!」
このセリフ、私にも聞き覚えがあります★★
私も、屋久杉のトレッキングは「初心者でも大丈夫!」と観光雑誌に書いてあったのを見て、軽々しく挑んで、甘かった・・・と打ちのめされた過去があります(>_<)
大変だったろうなぁ~と自分と重ねながら回想しているところに、登り切った後のビール♪
ぷはぁ~!!と気持ちいい最高ののどごしを感じました☆☆
読んでいて楽しかったですっ♪
kazuhaさん、コメントありがとうございます。
初心者の山に苦戦するわたしってと思いましたが、登りきった爽快感がたまりませよね。
コメントありがとうございました!
もう描写力が素晴らしすぎて、読んでいて、登ってもいない私が息切れして足が痛い感覚に襲われそうになりました。
からの、マリオ笑
最後は山頂まで一緒に駆け抜けさせていただきました!
面白かったです!
ゆみえさん、コメントありがとうございます。
一緒に山に登ってもらってうれしかったです笑
ありがとうございました‼︎
aakoさん、コメントありがとうございます。
山ガールには程遠い初登山でした(笑)
ゆる登山ぜひご一緒しましょう!!
ありがとうございました。
返信を間違ってコメントで投稿してしまいました。
取り消しお願いしますm(__)m
yukiさん
辛くてしんどいお話なのに、楽しく読ませてもらいました。
仰向けの亀状態で、起き上がれない。
ここからワープして、家のソファに倒れこみたい。
でも数日後は、筋肉痛に完敗だったけど。
コミカルな描写が先を先を読みたくさせてくれました。
山頂まで登り切って飲んだビールの味と最強のyukiさん!読み終えた時、yukiさんの達成感が伝わってきました。
どいのりさん、コメントありがとうございます。
楽しく読んでいただき、嬉しいです。
達成感もまた味わいたいと思います。
ありがとうございました。
「逃げたい」と思う気持ち、自分に向き合う姿、自分を奮い立たせる気持ちや、スイッチの入った「ビール」の一言…
応援しながら読み、読み終わって私も元気をいただきました。
nonさん、コメントありがとうございます。
応援しながら、読んでいただき嬉しいです。
ありがとうございました。
yukiさん、タイトルとイラストとエッセイが見事にはまってますね。
さすが!
雑誌に出てくる山ガールを想像していたら、登山の厳しさに直面するあたり、メチャクチャ楽しめました。
登山でなく、山ガール気分の標高の時は、私も参加したいな。
ただ、ビールは飲めないので山頂での1杯は、コーラでもいいですか(笑)
aakoさん、コメントありがとうございます。
山ガールには程遠い初登山でした(笑)
ゆる登山ぜひご一緒しましょう!!
ありがとうございました。
リュックごと後ろへどーんと転がった姿が目に浮かび、しかも亀のように(笑)ケガがなかったこともわかりホッとしました。ビールでスイッチが入るyukiさんの人柄を想像しながら、楽しく読ませていただきました
nana.さん、コメントありがとうございます。
あんな重いリュックはもう無理かもです(笑)
楽しんでいただけて、うれしいです。
ありがとうございました。
ビール、最強ですね!
山でも海でも自然の中で飲む飲み物(特にアルコール)ってなんであんなに魅惑的なんでしょうね〜。
「おーい!可愛い花咲いてるよ」
(ごめん、それどころじゃないの!!) ここが大好きです。
素敵な作品をありがとうございました。
れいこさん、コメントありがとうございます。
ほんとに山ビール最高でした!
ぶざまな姿を見られてるようで恥ずかしい気もしますが(笑)
ありがとうございました。
リュックごと後ろに倒れてしまったり、お化粧がドロドロにとけてしまったり、自分も泥だらけになりながら一緒に山登りをしてるような気分になりました。
こういう自分を裏切らなかった経験が、次のチャレンジへ踏み出す一歩を後押ししてくれるのかもしれないですね。
ちあきさん、コメントありがとうございます。
登山中のぶざまな姿を見られているようで、恥ずかしいですが
伝わって嬉しいです。
ありがとうございました。
凄く面白かったです。登っているときの辛さ、心情がリアルに伝わってきて、まるで映像を見ているかのよう。ドーンと転んでしまったシーンでは大丈夫?とハラハラ心配になりました。山頂でのビール、美味しそう〜^ ^絶景と共に最高ですね!素敵なエッセイをありがとうございました!
chakoさん、コメントありがとうございます。
読んでハラハラしてもらって嬉しいです。
身体もぼろぼろでしたが、今では楽しい思い出です。
ありがとうございました。
私も山登りが大の苦手なので、もう無理…!諦めよう…!って、気付いたら一緒の感覚になってました…笑
とてもすっと入り込める文章で、葛藤がよく伝わりました。
マリオのBGMも頭から離れません!
苦手なことに挑戦して乗り越えた経験は最強ですねー
ごめんなさい、ひと言も苦手とは言ってませんよねm(__)m
勝手に自分と重ね合わせすぎちゃいましたー(^^; 笑
Yokkoさん、コメントありがとうございます。
ツッコミありがとうございます(笑)
山登りは好きなんですが、初めての登山は過酷でした~
葛藤伝わってうれしいです。
ありがとうございました。
時折想像してしまう、崖登りの途中の風景が浮かびました。
もう一歩もいけない、
でもそこでやめる訳にはいかない苦しすぎる状況!
うわ!無理ー!と思わず口から出ちゃいました。
それを救ったのは、過去のご自身とお友達からのご褒美ビールとの言葉。
神様は頑張る人を見捨てないんだと改めて思いました!
そしてご褒美ピールと絶景!
素晴らしい景色が見えました!
ありがとうございました!
suzuさん、コメントありがとうございます。
山の風景を想像してくれてありがとうございます。
今思い出してもビールは美味しかったです(笑)
ありがとうございました。
私も一緒に登ったかのように心情が伝わってきました!マリオの曲も脳内に流れ、ビールの美味しさ、絶景も目に浮かびました✨最強に素敵なエッセイをありがとうございました。
晴るさん、コメントありがとうございます。
一緒に登ってくれてありがとうございました(笑)
ビールはいつでも美味しいのですが、やはり頑張ったあとは
格別でした。
ありがとうございました。
山頂に着くまでの間、私も体がしんどくなりました。
また、そのしんどい様子をユーモアあふれる表現で楽しませていただきました。
山小屋のビールの場面では、一緒にほっとした気分に。
山頂からの景色も、ありありと目に浮かびました。
全編にさわやかな風が吹いているようでした。
みーりゃんさん、コメントありがとうございます。
一緒に登ってくれてありがとうございました(笑)
まだあの絶景が忘れられないほどです。
ありがとうございました。
ビールのワード、最強ですね(≧▽≦)
yukiさんの登山に対する葛藤が鮮明に伝わりました( ◜‿◝ )
登山経験10年のお友達と一緒にチャレンジしたyukiさんは勇者です!!
楽しいお話をありがとうございました( ◜‿◝ )
ヒトミさん、コメントありがとうございます。
ほんとに山女の友だちにとっては、初心者級の山だったのか(笑)
登ったあとは爽快でした。
ありがとうございました。
初心者でもokの謳い文句に騙されたこと私もあります!(笑)
最初からラストまで楽しく読ませて頂きました!笑わせてもらいました!”誰かに頑張る自分を見られるのが怖かったのかもしれない”の部分、私もだ…と共感しました。真正面から”わたし”と向き合う大切さをエッセイを通して感じました。素敵なエッセイありがとうございます。
asamiさん、コメントありがとうございます。
笑ってもらって嬉しいです!
もう逃げられないと思うと頑張れるものなんですね!
ありがとうございました。
タイトルをみて、何だろうと、ワクワクしながら読ませて頂きました。
登山での様子や心情がリアルですごく面白かったです。
逃げ出したいけど、逃げ出せない葛藤を乗りこえ、山頂で飲まれたビール!最高ですね。
こちらまで嬉しくなりました。
これからは本当に最強ですね。
maiさん、コメントありがとうございます。
ワクワクしながら読んでいただいたなんて、嬉しいです!
ありがとうございました。