お兄ちゃんになりたい
ほぎ
ライター
「そんなんしたらいたいいたいやで!!」
私は慌てて息子のもとに駆け寄り、彼の手首を掴んだ。
部屋に響いた、”バチンバチンバチンバチン”という音。
3歳の息子が、新生児の娘のお腹を力一杯叩いていた。
叱られた息子は、口をへの字に曲げて私をキッと睨み、叫ぶ。
「いもうと、しんじゃってもいいの!!!!」
なんでそんなことを言うの…。
息子の発言に一瞬言葉を失った後、私はつい声を荒げてしまう。
「そんなこと言わんといて!!!」
ああ、また息子に怒ってしまった…。
私は深いため息をついた。
半年ほど前に、私は第2子となる娘を出産した。
3歳年上の息子は、元々とにかく甘えん坊。
私が料理や洗濯をしていても、「抱っこ!」「おんぶ!」とくっついてくる。
「ちょっと待って」と言うとすぐ拗ねる。
妹ができたら、「抱っこ!」がもっと激しくなるぞ…その姿は私も夫も容易に想像できた。
だから妹が生まれてからも、息子の話をたくさん聞こう。たくさんハグしよう。
私はそう誓っていた。
けれど、2人育児は甘くなかった。
「抱っこ!」
息子に甘えられても、それに応えられない。
「後でね。」「今は無理!妹ちゃん泣いてるやろ!」
息子を待たせてばかりだった。
不貞腐れた息子は、次第に妹を叩いたり、踏んづけたりして泣かせるようになった。
最初は私も「痛いからやめようね」と優しく諭していたけれど、その行動は日ごとにエスカレートしていく。
娘のお腹を、バチンバチンと力一杯叩く。
娘を強引に抱っこしたかと思えば、布団にぽいっと投げ落とす。
そんな姿を見て、私も冷静でいられない。
「なんでそんなことすんねん!」「やめて!!」
息子に怒鳴ることが増えた。
時には息子を押しのけ、娘から引き離した。
本当は、「大好きだよ」と抱きしめてあげたいのに。
妹に何かあったらどうするん?
痛いの、わかってるはずやのに。
優しく妹を撫でてくれる時もあるやん。
妹のこと、嫌いなわけじゃないやろ?
息子の気持ちの揺れに、私は混乱し、苛立っていた。
けれど同時に、心の中でもう1人の自分が言う。
息子の葛藤を、あなたが受け止めきれていないからだよ。
そう、私のせいなのだ。
息子に怒ってばかりで、「寂しいんだね。」と寄り添ってあげられないから。
私はなんて器が小さいのだろう。
自分の余裕のなさが嫌になった。
2人育児が始まって数日後のある夜。
息子はまた些細なことでギャンギャンと怒り出した。
「落ち着いて」
抱っこするも、泣き叫び、身をよじって抵抗する息子。
「かーちゃんとお話ししよう。息子くんの気持ち、聞かせて。」
何度も語りかけ、私は家の外に出た。
暗いマンションの廊下を、息子を抱えてゆっくりと歩く。
13キロの重みが、ずっしりと両腕にのしかかった。
重い。
娘とほぼ同じ大きさで生まれた小さな息子は、いつの間にかこんなに大きくなっていたのだ。
息子とこんな時間を過ごすのを、随分と久々に感じた。
娘が生まれてからも、息子とたくさん触れ合い、話そうと思っていたのに。
寂しかっただろうな。甘えたかっただろうな。
お兄ちゃんといっても、まだ3歳なのだから。
「今どんな気持ち?」
私が問いかけると、息子はぽつりぽつりと話してくれた。
「おこるきもち。」
「いもうとばっかりで、さみしい。」
私はそうだね、と頷いた。
「妹はいない方がよかったん?」
抱っこした息子の潤んだ瞳を見つめ、私は尋ねる。
以前も同じ質問をした。
そのときは気まずそうな顔をして、目を合わせず小さく頷いていた息子。
本心でないことは明らかだった。
今日は答えない。
本当は、違うんやろ。
息子を信じて、もう一度聞いた。
「妹が生まれてきてよかった?」
息子はすぐに、その首をぶんと縦に振った。
そして、頼りないけれどはっきりとした声で、つぶやいた。
「おにいちゃんになりたい」
私の目から、涙がとめどなく溢れた。
もう3歳。
でも、まだたった3歳の息子の言葉。
小さな胸に収まりきらないくらいの寂しさを抱えながら、息子は妹の存在を懸命に受け入れようとしているのだ。
一人っ子じゃなくなって、寂しい。でも、でも、でも。
僕は妹のお兄ちゃんになるんだ。
息子の気持ちが嬉しくて、愛おしくて、切なくて、胸がきゅっとなる。
ありがとう、と抱きしめた。
そして、決めた。
何があってもこの子を受け止め、信じる。
この子が安心して何でも話せる親になる。
あの日から半年。
息子は相変わらず甘えん坊だ。
けれど私はそんな息子に、少しだけ優しく言葉をかけられるようになった。
娘にちょっかいを出していたら、「妹が好きなんだね」と背中から抱きしめる。
「今日はどんなことがあった?」
お風呂でゆっくり話を聞く。
息子の気持ちも落ち着いてきて、少しお兄ちゃんらしくなった。
娘の頬に顔を近づけ、笑いかける姿はとても愛おしい。
あの日の息子の言葉は、私に子どもを信じることを教えてくれた。
ゆっくりゆっくり、お兄ちゃんになっていこうね。
どんなあなたも、大好きだよ。
コメント
第一子のさだめ、とでも言いましょうか…ママを独占できない寂しさ、本人しかわかりえない葛藤があるのでしょうね。我が家の長男も、私が3人目を授かった時『もう赤ちゃんはいらないって言ったじゃないかっ!』と泣いたのを思い出しました。
今では私と2人の妹達を守ってくれるヒーローです。
おにいちゃんになりたい。と言う言葉にとても感動しました。お母さん、お兄ちゃん、妹ちゃん、みんなが幸せでありますように✨
ゆみえさん、ありがとうございます。
まさに長子の定めですよね。葛藤は想像に余りあります。。ゆみえさんのご長男さんにも話を聞いてみたくなりました!妹さんたちのヒーローとのこと、とっても頼もしいです。息子も妹想いのお兄ちゃんになればいいなと思います。
もう、たまりません。
「おにいちゃんになりたい」
ずっと考えていたんでしょうね。
私の心にジーンと温かいものが流れました。
ほぎママも最高です。
ステキな文章ありがとうございます。
のんのさん、ありがとうございます。
きっと本人もお兄ちゃんらしく振る舞いたいと思っていたのだと思います。なかなか心がついていくまで時間もかかりますよね。これからもじっくりと巻き合っていきたいと思っています。
胸が苦しくなりましたー
同じ経験してます( ; ; )
そうなんですよね、上の子の気持ち受け止めるのって、とても難しい。でもほぎさんの、向き合いたいという優しい葛藤がものすごく伝わってきて、お兄ちゃんの葛藤も伝わってきて、泣けました!
私も子どもに大好きって伝えようと思えました。
Yokkoさん、ありがとうございます。
同じ経験をされているとのこと、ぜひ一度お話ししたいです( ; ; )
私自身が長子でなかったので、上の子の気持ちは想像に余りありますが、できるだけたくさん話を聞く心の余裕を持ちたいなと思っています。
おにいちゃんになろうと頑張っている姿が目に浮かぶような文章で、号泣しました…みんな頑張っててえらい!!!( i _ i )
うにさん、ありがとうございます!
ほんとに息子の荒れっぷりは見事でした(笑)見せたいくらい(笑)
息子には教わることばかりです〜
「おにいちゃんになりたい」は、たくさんたくさんの想いが詰まった一言だったんでしょう。。理想はあるけど心や体が追いつかないこと、大人もあるよね。子育てって、もう一度自分の姿も振り返ることができる気がします。
ほーまるさん、ありがとうございます!
確かに大人になると空気を読んだり本音を言わなかったりすることを覚えるだけで、葛藤や思う通りにならないことはやっぱりありますよね。自分の葛藤を息子が体現してくれたのかもしれないな、とほーまるさんのコメントを読んで思いました!
じーんと心にしみました。
淡々と、母親の気持ちの揺れ、決心が描かれていて、
淡いクリーム色の日常をイメージしました。
書くことが、ほぎさんの心の整理につながっているのかもしれませんね。
みーりゃんさん、ありがとうございます。渦中にいる時は必死ですが、後々振り返ると淡いクリーム色なのかもな、と思います。まさに、書くことで自分や子どもへの気持ちを整理することができました。
ほぎさん
第二子を出産されてからの、息子さんとの葛藤がひしひしと伝わってきました。同じように息子さんも妹さんに対して葛藤があったと思います。
「おこるきもち。」
「いもうとばっかりで、さみしい。」
息子さんの正直な気持ちですよね!
そこから、タイトルの「お兄ちゃんになりたい」に繋がったところが読んでいて「良かった」と思いました。
どいのりさん、ありがとうございます。
息子は甘えん坊なので、その葛藤は想像に余りあると思います…自分で落とし所を見つけながら、てもまだまだ甘えたい!が今でも続いています。ゆっくり見守りながら、私も成長していきたいです。
幼い子って、自分のさみしさ、悲しみ、怒り、嫉妬などの気持ちを言葉で伝えることが難しいですよね。でも「おこる気持ち」「さみしい」「お兄ちゃんになりたい」と伝えられたこと、すごいと思います。家族の変化に戸惑いながらも、お母さんがしっかり向き合ってくれてると感じられたから、伝えられたんだと思います。息子さん、優しく強く成長しますよ!
nonさん、ありがとうございます!
私も息子が自分の気持ちを話してくれて、とても嬉しかったです。
いろいろな葛藤があると思いますが、今は妹が好きすぎる手荒なお兄ちゃんになっています(笑)
お兄ちゃんになりたい息子さんが、ちゃんと言葉にしてほぎさんに伝えようとする姿に感動しました。
きっとほぎさんが、普段から息子さんに向き合ってたくさんお話しされているからですね。
だいぶつさん、ありがとうございます。
まさかあんな言葉をくれるなんて思っていなくて、とても嬉しいと同時にほっとしました。相変わらず息子には小言ばかり言っていますが(汗)これからもたくさん会話していきたいと思います!
ほぎさん〜〜。
なんかもうたまらなくて、息子くんと、ほぎさんと、お嬢ちゃんまとめてぎゅーーーっとしたくなりました。(お子さん怖いだろうな。知らないおばちゃんにいきなりハグされたら。。。)
子供ってなんであんなに愛してくれるんだろうね。
時にはうざって思うこともあるけど(本音)
でも、ありがたかったなあ、有り難かいことだったって思うのよ!
(きっと言われなくても、ほぎさんはそんなのわかってると思うけど)
とにかく、グッときたエッセイでした。
れいこさん、優しいお言葉ありがとうございます〜(泣)
息子は普段はどちらかというと夫と仲良しで、私はキレられる担当なのですが(笑)
息子なりに愛してくれてるんだなぁ〜とほんとに愛おしく感じました。ありがたいことですよね。エッセイを書いて、改めて感じました。
うちは2歳差の男の兄弟でしたが、大好きな保育園に行くのを長男が嫌がって離れなかったことを思い出しました。
お兄ちゃんならではの不安があったんだなと、ほぎさんのエッセイを読んで感じました。素敵なお母さんと優しい息子さんに囲まれて妹さんも幸せですね。
aakoさん、コメントありがとうございます。2歳差になると、まだ言葉が少なかったりで、また違った大変さがあっただろうなとお察しします。それぞれの課題を乗り越えながら親子になっていくんですかね〜。息子には自分の課題を教えてもらうばかりです。
育児の大変さをひしひしと感じました。
お母さんも息子さんも頑張っていて、いろんな葛藤を抱えてる様子に泣けてきました。
きっと妹思いのすてきなおにいちゃんに成長されるのでしょうね。楽しみですね!
yukiさん、コメントありがとうございます。
わずか3歳でこんな葛藤を抱える長子って本当に大変だろうなぁと思います。息子は今では妹が大好きすぎる手荒なお兄ちゃんです(笑)
自分の子育てを思い出しました。下の子が生まれた時の上の子の思いを想像すると切なくなりますよね。でも当時は自分もそんな余裕なかった。信じること、私も子どもから教わった気がします。とても共感できました。
ちあきさん、ありがとうございます。私自身も長子でなかったので息子の気持ちを察することしかできないのですが、きっと大きな葛藤がありますよね。
息子の気持ちを慮れる心の余裕をもちたいと思いつつ、まだまだ余裕のない毎日です(^◇^;)
ママの葛藤がドラマを観ているように見えました!
人を育てるというのは本当に難しく大変なことですよね!
でも、沢山の感動と成長の機会をくれる尊いこと。
それがとっても良く分かるエッセイでした!
息子くんの
「お兄ちゃんになりたい」って思えること、言葉に出来ることも本当にすごいこと!
ママの受けとめるお気持ちも素晴らしいですね!
感動しました!
身に余るお言葉、ありがとうございます…!
未熟な親ですが、子どもを通して日々成長させてもらっていることを改めて実感しました。
息子の言葉は本当に嬉しくて、ほっとして、この子を産んでよかったと心から思いました。
子育てって尊いことだという気持ちを胸に、日々を歩んでいきたいと思います。
読んでてうるうる
かーちゃんの余裕ない気持ちわかります。上の子に向き合いたい。でも自分も余裕ない。
お兄ちゃんになりたい息子くん。でも気持ちが追いつかないこともあるよね。
本当に親は子供と一緒に成長して行きますね!
我が家もまだまだこれから!子供たちと一緒にゆっくり私も母親になります☺️
素敵なエッセイをありがとうございます❤️
あゆさん、読んでくださりありがとうございます。
1人と2人って全然違うんですね…!驚きです。。 まさに、息子との関わりを通して成長させてもらったと感じます。
お互いまだまだ長い日々ですが笑、子ども達と一緒に楽しくやっていきましょうね!
おにいちゃんになりたいって言うまで、息子さんが色んなことを考えたんだろうなぁ‥と思うと、我が家の子どももそうだったのかなぁ‥と、重ねて思い出すところがあり、じーんときました。
コメントありがとうございます。
ご自身の思い出と重ね合わせていただいたとのこと、とても嬉しいです。
私は長子じゃなかったので、本当に長子はすごいな、と息子を見て思いました。
息子の思いを、いつかまた聞いてみたいです。
2人の男の子の母です。
あれ、ここの文章には数年前の私がいる…!?
「お兄ちゃんになりたい」の言葉を引き出せたほぎさん、すばらしいと思いました。
育児は苛立つことも多いけれど
小さい子ども達の言葉に耳を傾け、一緒に大きくなりたいですね。
ありがとうございます!ゆーさんも同じでしたか!!笑
息子の言葉を聞けた時は本当に嬉しく、ほっとしました。
育児は育自ってよく聞きますが、その通りですよね…
お互いに子どもたちに支えてもらいながら、一緒に日々を乗り越えていきましょうね!
今、泣いてしまいました。
「お兄ちゃんになりたい」
と言った息子くんの言葉に涙が溢れてます。ママも息子くんも本当に素敵です✨優しい気持ちになりました。ありがとうございました。
優しいお言葉ありがとうございます。
このエッセイを書いて、息子には頭を悩ませつつも、たくさん助けてもらっているなと実感しました。これからも息子の成長を見守りつつ、自分も愛溢れる親になれたらと思います。
子育てって本当難しい、一筋縄でいかないですよね。お兄ちゃんから愛情を注がなきゃと頭ではわかってるんですが、そうもいかない。だけど「お兄ちゃんになりたい」って息子さん。ほぎさんがちゃんと愛情を注いでいる証ですね。胸がジンと熱くなりました。素敵なエッセイありがとうございました^ ^
コメントありがとうございます。
本当に今でも難しいなぁ〜と思うことばかりです^^;
息子には怒ってばかりで申し訳なく思いつつ、未熟な親を受け止めてくれてありがとうという思いでいっぱいです。これからも大好きだよとたくさん伝えていきたいです!
3歳違いの息子くんと娘ちゃんのきょうだい…私の子供も全く同じだったので、思い出しながら読ませていただきました。ほぎさんはきちんと息子くんと向き合いあったこと、本当に素晴らしいです!!
おにいちゃんなのに、「おにいちゃんになりたい」ってけなげすぎます( ; ; )
ステキなエッセイをありがとうございました✨
nana.さん
本当に健気で、そんな言葉を聞けると思っていなかったので涙が止まりませんでした( ; ; )
息子も息子なりにいろんなことをわかっているのだなぁと思うと切なくて。。
共感していただけて嬉しいです!
おにいちゃんなのに「おにいちゃんになりたい」ってけなげすぎます〜…( ; ; )
私も3歳違いの男の子と女の子を育てたので、子供が小さい頃を思い出しながら読ませていただきました。
ほぎさんは息子くんときちんと向き合いあって、すごいと思いました✨
nana.さん
ありがとうございます!
きょうだいを育てる方は皆経験することなのかな〜と思いつつ、親も葛藤の連続ですよね。。
今でも怒ってばかりですが、ふとした時にここで書いたことを思い出して、これからも子どもたちの成長を見守ろうと思います!
“「本当は大好きだよと抱きしめてあげたいのに…」”の一文でブワーッと涙が溢れ出てきました
素敵なエッセイでした。
ありがとうございます。
maiさん、コメントありがとうございます!
その時は必死で、本当はどうしたいとか考える余裕すらなかったのですが(^_^;)
これからも、許してくれる限りは(笑)息子をたくさんハグして成長を見守りたいと思います!
あーわかる!わかる!
そううなずきっぱなしで読み込んでしまいました
息子くんを優先したい気持ち痛いほど分かります!
でもそれができないほど、余裕がないときばかりですよね。
一呼吸おいて、息子さんと向き合えたほぎさん、素敵なお母さんだなーと感じました☺️
息子さんとの心動かされるストーリーありがとうございました
IWriteグランプリ楽しみましょうね♡
共感いただけて嬉しいです!
きょうだいを育てている方は皆経験されるのかな〜と思いつつ、全然余裕がないですよね(^_^;)
息子との関わりを通して、親として成長させてもらっていると感じます!
息子さんとお母さんの情景が目に浮かび、切なくて読んでいて泣きそうになりました。
息子さんも、優しいお兄ちゃんだと思います。
ありがとうございます
コメントありがとうございます。
私も、息子は優しいお兄ちゃんになると信じられるようになりました!
これからの成長が楽しみです!