「私、超能力が使えます。」

もし、そんなことを言う人が現れたら、あなたは信じるだろうか？

私は信じなかった。

「超能力なんて、悩んでる人からお金を巻き上げる詐欺やん！」と鼻で笑っていた。

 

その超能力に、まさか自分が救われるだなんて＿＿。

 

話は7年前まで遡る。

私たち夫婦は、新しい家族を迎え入れた。

生後半年の柴犬、「てん」だ。

 

てんは、ペットショップで『最終セール』として売られていた。

命を最終セールにかけるなんて、人間は本当に身勝手だ。

 

「この子このまま売れ残ったらどうなるんやろ…」

 

無邪気に飛び跳ねる子犬を見て、私はいてもたってもいられなかった。

そして夫に相談もせず、てんを連れて帰ることにしたのだった。

 

我が家の一員となったてんは、天真爛漫でとてもかわいかった。

初めて会う犬にも人にも、物怖じしない。

甘えん坊で、いつも私たちの後をぴょんぴょんついて回った。

 

「遊んで！」

「だっこして！」

 

まるでそんな声が聞こえそうなほど、キラキラ輝く目で私たちを見上げていた。

 

しかし、てんの性格が一変する出来事が起きた。

てんが避妊手術を受けたのだ。

病気の予防効果などを考え、てんのためになると私が判断したことだった。

 

だが、手術後のてんは全く違う犬になってしまったように見えた。

 

病院に取り残されたことが、よほど怖かったのだろうか…。

小さな体をプルプルと震わせ、一晩中小さな声で鳴き続けていた。

時々こちらを見る目はまるで、「信じていたのに…」とでも言っているようだった。

 

どんなに怖い思いをさせてしまったんだろう…。

 

手術の傷が癒えても、てんは元通りにはならなかった。

私が触ろうとするとベッドの下に逃げ込み、ほとんど私たちの前に姿を見せなくなった。

 

「私があの日、てんを連れて帰らなければ…」

「私がてんを助けたいなんて思わなければ…」

「私が避妊手術を決めなければ…」

 

てんの姿を見るたびに、私は自責の念に駆られた。

取り返しのつかないことをしたのだと、涙が止まらなかった。

 

＿＿私の友達が『超能力者』を紹介してきたのは、そんなある日のことだった。

 

「犬の気持ちが遠隔でもわかる人なの」

「てんの気持ちを聞いてみたら？」

 

大真面目な顔をして、そんなことを言うのだ。

 

…冗談やろ？

超能力なんかあるわけないやん。

 

最初はそう思った。

しかしすぐに、こんな思いも湧き上がってきた。

 

でももし本当だったら…？

 

てんは今どんな気持ちでいるのか…。

私たちにどうしてもらいたいのか…。

もしその気持ちをわかってあげられたなら…。

もう一度、私がてんを幸せにする方法がわかるかもしれない。

 

そんな希望を抱いてしまった私は、半信半疑ながらその『超能力者』の女性に依頼することにした。

 

犬の写真を見るだけで、テレパシーのように感情を読み取れるのだという。

 

てんの写真を送って数分後、その女性から電話がかかってきた。

 

「もしもし、てんちゃんの写真拝見しました」

 

物腰の柔らかそうな、若い女性だった。

 

＿＿そんな優しい声しても騙されへん！

 

警戒心を強めていると、『超能力者』は言った。

 

「てんちゃんは飼い主さんのことが大好きですよ」

 

…そら来た！

誰もが喜びそうなセリフ。

どうせみんなに言ってるに違いない！

 

疑り深い私はそう思った。

だが、次の言葉で、私は一気に彼女の世界へと引き込まれてしまった。

 

「てんちゃんは、服がいっぱい掛かっているところで寝るのが好きなのね。

飼い主さんのにおいがするから安心するんだって」

 

…絶句した。

たしかにてんは、私の服がかかっているラックの横でよく寝ていたのだ。

でも、そんな写真は送っていないはずだ…。

 

女性はさらに言葉を続けた。

 

「てんちゃんは頭を2回だけポンポンされるのが好きみたいですよ。

3回は多くて2回がいいんだって」

 

その言葉を聞いて、私は溢れる涙を抑えられなかった。

てんは確かに、頭をポンポンされると目を細めてうれしそうだった。

そして、3回以上になると鼻にしわを寄せて怒っていたのだ。

 

「てんちゃんはね、手がシワシワの女性にポンポンされるのが好きで、幸せなんだって」

 

私は、自分の手を見た。

子どもの頃から乾燥して、いつもシワシワでコンプレックスだった私の手。

遠く離れたこの女性が、知っているはずがない。

これはてんの気持ちだと、私は確信した。

 

＿＿てんは、私を好きでいてくれている。

 

それがわかった私は、電話越しに大声で泣いた。

超能力者のおかげで、私は自信を持つことができたのだ。

 

てんは今、7歳になった。

性格は今も気難しいままだ。

 

でも、それもてんの「個性」だと思える。

たまに甘えてくれる瞬間は、何よりも愛おしい。

私はシワシワの手で、座っているてんの頭をポンポンした。

てんは私に体を押し付け、「背中をマッサージして」とおねだりしている。

 

今なら私は、胸を張ってこう言える。

「あんた、ほんまに幸せ者やな！」

 

そして心から思う。

「うちの子になってくれて、ありがとう。」