「どうして、一人にしたの…？」

祖父は、逝ってしまった。

私は、唯一の味方を永遠に失った。

 

寂しくて痛くて苦しい…。

 

私の心には、大きな穴が空いた。

 

私の両親は、子供の気持ちに無関心で、会話を好まない人達だった。

祖母もそう。

 

だけど、祖父は違った。

 

私がお気に入りのカバンを持っていると、

「それ、かわえぇなぁ～、◯◯はオシャレやなぁ～！」と、褒めてくれた。

私が建築士の試験に合格した時も、

「お〜すごいなぁ～！◯◯は、かしこいからなぁ〜。よう頑張ったなぁ〜。」と、

祖父は、いつでも褒めてくれた。

 

家族の中で唯一、私を見てくれる人。

祖父だけは、私の頑張りを褒め、認めてくれた。

 

そんな祖父が、末期がんで手術をすることになった。

私が25歳の冬だった。

手術のあと、残りの時間は祖父の昔話でも聞かせてもらおう。

私はまだ時間があると思っていた。

だが、手術後の祖父は、自分で点滴を抜いたり、窓から飛び降りようとしたりして、まともに話せなくなっていった。

麻酔の後遺症なのだという。

 

「おじいちゃん…。」

 

そう声をかける私に祖父は、

 

「誰や？」

 

と返した。

祖父はもう、私のことも認識できなくなっていた。

 

私は祖父の昔話を聞くのが好きだった。

 

「おじいちゃんの足にはなぁ〜銃弾が貫通した跡があってなぁ〜！ほれ、見てみ～！」

 

傷跡を見せながら、戦争に行った時の武勇伝を語る。

財布から一枚の写真を取り出し、得意げに見せてくる。

 

「昔のおじいちゃん、イケメンやろ？」

 

祖父は志願兵だったらしく、勇敢な好青年だったと言う。

どや顔で真剣に話すので、それが面白かった。

 

「今こんなにハゲてるのに、これホンマにおじいちゃん？」

 

私は、似ても似つかない写真の好青年と本人を見比べて笑う。

その話を聞きながら、“祖父は、勇気のあるたくましい人なんだな”と思ったものだ。

 

そんな勇敢でたくましかった祖父が、自殺行為をし、日に日に瘦せ細っていく。

私のことも、忘れてしまう。

…辛い。

 

手術をしてから10ヶ月後、祖父は息を引き取った。

 

私の唯一の味方だった祖父。

 

「なんで死んじゃったん？煙草もお酒も辞めろって言われたのに、言うこと聞かへんから…！」

病気だから仕方ない…そう思いながらも、私を置いていった祖父に苛立ちを覚えた。

私には祖父が必要だったのだ。

祖父を失った事実が辛すぎて、私は心に蓋をした。

悲しみを感じていると、生きていけそうになかったからだ。

 

これまでの辛い出来事は、祖父のおかげで乗り越えてこられたのだ。

 

その後の私は、様々な壁を乗り越える活力を得られないでいた。

頑張りたくても力が湧いてこない…。

心の穴は空いたまま。

誰といても何をしても、埋まることはなかった。

 

そんな私の心に変化が起きたのは、祖父が亡くなってから4年後のことだった。

仲の良い同僚が、私のために飲み会を開いてくれた。

私が、ずっと寂しい気持ちでいることを知ってくれていたからだ。

イケメンがいるよと言われたが、その場にいたのは口数の少ない冴えない感じの男性だった。

「あんまり話さへんし、パッとしーひんなぁ。」

最初は正直、そう思っていた。

 

けれど同僚が仲を取り持ってくれ、何度かその男性と会うようになった。

彼といると、不思議と落ち着く自分がいることに気が付いた。

彼は私のことをよく見てくれたのだ。

私が少しでも疲れた表情をしていると、「大丈夫？休憩しよか。」と、すぐに気づいて言ってくれる。

ネイルを変えたら「綺麗やな～。」と言ってくれ、仕事の弱音を吐くと、「◯◯は頑張ってるよ。えらいなぁ。」と味方になってくれた。

 

彼はいつでも私を褒めてくれ、認めてくれた。

 

そんな優しさが、祖父と重なる。

祖父がいなくなってぽっかりと空いていた心の穴が、彼と出会ってから少しずつ埋められていくのが分かった。

 

そしてある日、新たな事実が分かり私は笑ってしまった。

 

彼は祖父と同じ『O型』で、趣味も祖父と同じ『釣り』だったのだ。

 

「どこまでおじいちゃんと一緒なん…！」

 

もしかして祖父に引き合わされたのではと思うほど、彼は祖父と似た部分を持っていた。

 

「おじいちゃんが、彼に会わせてくれたんかなぁ～。」

 

いつの間にか私の中には、祖父が与えてくれていたような活力が湧いていたのだった。

 

＿＿彼との出会いから5年がたった頃、私たちは実家へ向かっていた。

結婚の報告のためだ。

 

両親と祖母は、結婚の報告をしても、あまり嬉しそうではなかった。

でも、祖父だけは、「えぇ人つかまえたな～。ようやった！さすが◯◯や〜！」って喜んでくれているはず。

 

私は、お仏壇の前に彼を連れて行き、祖父に報告をした。

「おじいちゃんと一緒でイケメンやんかぁ～！」と、何故かどや顔をしている祖父が見えた気がした。

亡くなった後も、ずっと私を応援してくれていた祖父の温かさを感じた。

 

「おじいちゃん、ありがとう。」

「これからは彼と歩んでいくから、安心して見守っててね。」