母親はどっち?
ライター:佐藤友理

「僕のお母さんって、どっちなの?」

 

保育園からの帰りの車中で、後ろの座席から長男が声をかけてきた。

彼は視線を落としたまま、こちらを見ようとしない。

表情は見えなかったが、きっと不安だっただろう。

 

こんなこと聞いていいのか?

この人じゃないと言われたらどうしよう…

 

きっと何日も考えて、私と2人きりのタイミングで思い切って聞いたのだろう。

 

当時5歳だった長男からのこの質問が私の頭の中で繰り返された。

この「どっち」とは、私か祖母かということ。

 

当時の私は、とても忙しかった。

フルタイムで仕事をしながら子供2人の育児。

そして、義両親と同居していたので7人分の食事作りも担っていた。

 

8時には仕事に行き、18時に帰ってきて、そこから家のことをこなす…。

正直、子供たちとしっかり向き合う時間は取れなかった。

 

そんな中で子供たちの面倒をみてくれていたのが義母だった。

子供たちにとってはおばあちゃん。

 

だが、当時5歳だった長男にとっては、一緒にいる時間が長い人=母親だったのだろう。

私がいない時に面倒をみてくれていた義母は、彼の中で「母親」に近い存在になっていたのだ。

 

そうした混乱が重なって出てきたのが、

「僕のお母さんって、どっちなの?」という質問だった。

 

私は、彼の様子をみてすぐに理解した。

 

「お母さんは私に決まってるでしょ。」

ぎこちない笑顔で彼にそう伝えると、

 

「そっか…」

 

とだけ言って、彼は視線をあげた。

表情から不安な様子はみて取れなかったが、きっと色々と考えをめぐらせていたのだろう。

 

家に帰ってから彼はいつものように遊んでいたが、私の表情はしばらく強張ったままだった。

 

私は彼にとっての母親ではなかったのか…。

そう思い知らされ、ショックで頭が真っ白になった。

 

その日の晩、悔しくて、悔しくて一晩中泣いたのは言うまでもない。

 

私の涙の理由は、もちろん自分自身にもあった。

だけど、正直なところ、その矛先は義母に向いていた。

 

「あなたが母親のように接していなければ、こんなこと言われなかったのに!」

 

こんな風に思ってしまった。

義母は私の子育てを手伝ってくれていただけなのに。

 

今思い返せば情けない母親だったと思う。

でも、当時は誰かのせいにしなければ、気持ちの折り合いがつけられなかった。

 

私は、母親の役割を果たせていない。

その現実に向き合わなくてはいけなくなった。

 

それからの私は、母親であるためにあらゆることをした。

一緒の食事、一緒のお風呂、寝かしつけ、送り迎え…、使える時間はすべて子供達のために使った。

 

一方で、私と子供の時間が増えることを喜ばない家族もいた。

子供と話をしながら食事を作っていると、「家事をしていた時間がズレる」と文句を言われた。

毎日子供と一緒にお風呂に入っていると「子供に構い過ぎだ」と注意された。

 

子供を大事にすれば他の家族に文句を言われ、他の家族を大事にすれば子供とうまくいかなくなる。

 

私は、すべてをうまくやることができなかった。

 

そんなある日、私は鬱と診断された。

 

「なんで上手くできないんだろう…」

仕事のこと、家庭のこと、子供のこと。うまくできない自分が嫌になった。

 

鬱の日々はとてもつらくて、布団から出れない日々が続いた。

子供たちの迎えも祖父母にお願いした。

 

私は、一刻も早く回復しなくてはと思っていた。

ただ、皮肉なことに鬱になったことで、私は子供たちと多くの時間を過ごせるようになった。

 

今まで私は、長男のお迎えも閉園時間ギリギリになり、1人教室で待っていることもあった。

 

だけど、鬱になってからは子供たちは明るいうちに家に帰り、私は家で帰りを待っていられるようになった。

 

義母に任せずに、長男のことも次男のこともしっかり面倒みれるようになった。

次男の面倒をみながら、長男の話をじっくり聞いて、一緒に遊べる余裕もできた。

 

「今日、〇〇となにをして遊んだ」

「今、保育園でこんな踊りを練習してるんだ」

 

その日にあった出来事をニコニコしながら話す長男の顔は、鬱になる前は見たことがなかった。

長男は、こんなにたくさんのことを私に伝えたかったのだ。

 

話したいけど、我慢していたんだ。

さみしかったよね。ごめん。

今まで気づいてあげられなくて、ごめん。

 

あれから6年。長男は13歳、次男は10歳になる。

今では彼らも自分の世界ができ、幼い頃のように母親にベッタリ甘えることもない。

 

それでも、愛情を求めていると感じる日もある。

特に次男は最近、なんでもないところで「ごめんなさい」と言うようになった。

だけど、私はもう同じ轍を踏まない!

 

私は、あなたたちの母親です。

 

そう自信を持って言えるように、彼らの話に耳をかたむけ、コミュニケーションをとって、できる限りの愛情を示していく。

 

これが正解なのかは、わからない。

だけど、子供たちがまっすぐに私の顔をみて「お母さん」と言ってくれれば、それがひとつの正解だと思う。

コメント

  1. Satsuki より:

    素晴らしい文章で、とても心を動かされました。
    幼い心の中で一生懸命悩んだお子さんの気持ちを考えると泣けますが、佐藤さんの葛藤も伝わってきて、本当に素晴らしい文章だと思いました。

    子供を守るために一生懸命頑張っているのに、その子供からぐさっとくる言葉を言われると、本当に辛いですよね。

    いろんな経験をして、乗り越えてきた佐藤さんだからこそ、今お子さんたちと楽しく過ごされているんだろうなと想像しました。

    素敵なストーリーをありがとうございました。

    • 佐藤友理 より:

      コメント、ありがとうございます。
      ショックではありましたが、自分が大事なものを見つめ直すきっかけになったことも事実です。
      今でも毎日、大小の山を登っていますが、子供と向き合い、楽しく過ごせています。
      そんな現在の姿まで想像していただけるとは!
      嬉しい感想コメントです。ありがとうございました!

  2. あさみ より:

    私もフルタイムで働き、ワンオペだったので子育て中は手伝ってくれる人が欲しいと思っていました。
    だけど、もし子供に「ばあばとママ、どっちが本当の母親??」って聞かれたら、複雑な気持ちになってしまいそうです。
    上手くできない自分…葛藤が伝わり心苦しくなりましたが、最後の決意に母としての力強さを感じました!
    読ませていただいて、ありがとうございます。

    • 佐藤友理 より:

      コメント、ありがとうございます。
      ワンオペ育児も大変ですよね。
      自分が言われたら・・・と考えていただけて、当時の私の葛藤が伝わったのだなと実感しております。
      読んでいただき、ありがとうございました!

  3. Yuka より:

    自分の子育て中のことを思い出しながら読ませていただきました。
    家族のために、身を粉にしているのに、それが分かってもらえない悔しさが重なりました。

    お子さん達はずっと、お母さんの背中を見ていて、愛がしっかり伝わっていると感じました。
    きっと、自慢のお母さんだと思います。

    • 佐藤友理 より:

      コメント、ありがとうございます。
      皆さん、それぞれの子育て時期があると思いますが、その頃のことを思い出していただけて嬉しいです。
      Yukaさんの愛情も、きっとお子さんに伝わっていると思います。
      コメント、ありがとうございました。

  4. れいこ より:

    フルタイムで働きながら7人分の食事。
    本当に毎日お疲れ様です。

    「僕のお母さんって、どっちなの?」って言ったお子さんも、大きくなって、絶対にお母さんあの頃本当に頑張っていたなあって思うと思います。

    うちの夫が小さい頃の話なのですが、一時期家、家に叔母が出戻っていたそうで
    やはり幼稚園児だった彼が「僕の家ってお母さんが二人なの?」と言ったみたいです。義母は嫌だったらしくて、よくその話をしていたのを思い出しました。

    佐藤さんの「母としての決意」が清々しかったです。

    読ませていただきありがとうございました。

    • 佐藤友理 より:

      コメント、ありがとうございます!
      義母さん、夫さんにお話ししてたんですね。
      私は、この頃の話はまだ封印しています。いつか笑って話せる日が来るのかな。
      頑張ってたなと子供に思ってもらえるよう、これからも精進します!
      読んでいただいて、ありがとうございました。

  5. くみ より:

    私も7人家族で、同じ境遇です。限られた時間の中で、家族のため動き回っているのに報われない…。悔しい、家を出たいと何度も思いました。自分だけじゃないんだと励まされた気持ちになりました。

    • 佐藤友理 より:

      コメント、ありがとうございます。
      私も家出、いつも考えてます。もちろん子供たちは連れて行きますが。
      「自分だけじゃないと励まされた」と言っていただけると、嬉しいです✨
      ありがとうございます!

  6. 佐藤友理 より:

    TO:Nikoさん
    コメント、ありがとうございます。
    正直、正解はわからないし、いまだに自信を無くすこともあります
    だけど、悩むのが人間。そんな母の姿も子供に見てもらいたいと思っています。
    これからも、子供達と真剣に向き合っていきます。ありがとうございます。

  7. aako より:

    仕事をしている子育てママには、心臓をバズーカで撃ち抜かれたような衝撃ですよね・・・。
    子どもは正直だからこそ、その言葉はきつい。
    佐藤さんの葛藤が整理されていく様子にウルッときました。

    • 佐藤友理 より:

      コメント、ありがとうございます。
      子供を産む前には、こんなこと言われるなんて想像もしていませんでした。
      当時の私の気持ちが伝わって、嬉しいです。
      ありがとうございます。

  8. Sally より:

    私も2児の育児中です。
    フルタイムで二児の子育て、さらに義両親の食事まで、本当に大変だったと思います。
    佐藤さんが私の文章にコメントをくれたように、「人生に意味のないことは起こらない」。
    その通りです!
    鬱になられたのも、とてもとても大変だったと思いますが、きっと必然だったのですよね。
    私も子供たちともっと向き合えるように、がんばっていこう!と思いました。ありがとうございます!

    • 佐藤友理 より:

      コメント、ありがとうございます。
      今となっては、鬱も「休め」ってことだったんだと思います。
      何を大事するか、私の人生を考えるきっかけになりました。
      同じように考えるきっかけになって、嬉しいです✨
      ありがとうございます!

  9. 小野寺 仁美 より:

    「僕のお母さんってどっちなの?」という出だしだったので、てっきり「産みの親?育ての親?」と思いました
    でも正解は「母or義母」!!
    惑わされました(笑)
    でもその後の話の展開もワクワクしながら読み進められました!!
    一生懸命お子さんのために頑張ってるのに、お子様にどっちが母親?なんて言われたら悲しすぎますよね。
    友理さんの葛藤やお子様への愛情がとても伝わるストーリーだなと感じました
    素敵なお話をありがとうございました
    執筆お疲れ様でした✨

    • 佐藤友理 より:

      コメント、ありがとうございます。
      そして、我が家、至って普通の4世代同居家族でございます。笑
      重くないだろうかと心配していましたので、ワクワクして読んでいただけたなら何よりです
      ありがとうございました!

    • Niko より:

      子供の言葉は素直すぎるあまりに、胸を痛めますよね。皮肉にも、鬱になったことが家族の幸せとなったということが自分の母親としての自信をつけてくれた。という非常に人間らしい葛藤が私の心に刺さりました。あっという間に最後まで読んでしまいましたが、最後の最後で自分の決意までを伝えられていることがグッときました。正解なんてわからないけれども私が母親です!と。
      これからも自信をもって頑張って欲しい、と願う心暖まるストーリーでした。

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