

幸せは冷蔵庫の中に
しんと静かなキッチンで、わたしは思わず呟いた。
ーー誕生日の朝。
「ごちそうさま」
両手をぱちんと合わせた。
祝日なので、息子はまだ寝てる。
わたしは仕事。
残った物をしまおうと冷蔵庫を開けたその時。
ん?
隅のほうに、なにかある?
クリームチーズだった。
あれ。わたし、クリームチーズ、買ったっけな・・・。
良かった。賞味期限はまだ先だ。
ん??
ちょっと待て。
なんか、変じゃないか?
もう一度眺める。
雪印のパッケージ。
やっぱり変!
だって、わたしはフィラデルフィアのクリームチーズしか買わないもん!!
わたしが買って忘れてたなら、このメーカーのじゃないはず!!
わたしじゃないなら・・・
ええーーー
息子??
なんでなんで。
答えは出てたけど、自分でそう思うのが怖かった。
息子がわたしのために、ケーキを作る??
嘘でしょ。
息子に今すぐ聞きたいけど、
せっかくのサプライズが台無しだ。
そーっと、クリームチーズを元に戻して・・。
ばくばくする心臓をはぁーーっと落ち着かせて。
冷蔵庫を閉めた。
お鈴をチンと鳴らして、写真の旦那さんに手を合わせる。
「行ってきます」
「誕生日、おめでとうーー」
3人家族だったころ、誕生日はイベントだった。
プレゼントやごはんでお祝いしてくれるのが嬉しくて、毎年ワクワクしていた。
今は息子と2人。
家族のカタチが変わった。
幸いわたしの誕生日が近づくと、LINEがお知らせしてくれるので、誕生日を忘れられることはない。
LINEの、おかげ。
去年は学校行く時に棒読みで
「お誕生日おめでとう」って言って出て行った。
それがどうしてケーキ?
親が子供に誕生日のお祝いを期待するのって、子供からしたらきっと重荷だよね。
だから期待しないって決めた。
それなのにクリームチーズが居たから、
期待しちゃうじゃないか。
でも、もし、何もなかったら・・・?
仕事を終えて、車に乗る。
わたしはハンドルをぎゅっと握りしめて、寄り道しないで家に帰った。
「ただいまー」
息子はいつものようにソファでスマホを見ていた。
「おかえり」
冷蔵庫を開けたいが、まだ開けないほうがいいのか。
すると、背中から、
「ケーキ作った」
と、息子の声。
わたしは、
「ええっっ。ほんとに??」
思っていたことが現実になったことに驚いて、わざとらしいくらいの大きな声が出た。
振り向くと息子は、にかっと歯を見せて笑っていた。
「結構会心の作だから、食べて」
冷蔵庫の扉を開けると、シルバーのパウンドケーキ型に冷やし固められた、お手製のケーキがあった。
4分の1、食べてある(笑)
「えっ。すごい。え、この上に乗ってるの、なあに」
「桃」
ひえええ。
「す、すごい。すごいーー。美味しそう。すごい」
わたしはバカみたいにすごいばかり繰り返していた。
「食べていい?」
「どうぞ。俺は風呂入ってくる」
息子はスタスタとお風呂がある2階へ行ってしまった。
・・・・え?
ケーキって、一緒に食べるものと違うの・・?
ぽつんと1人になったキッチンで、わたしはお皿を出して、ケーキをよそった。
ゼラチンで固められた桃たちが、キラキラしながらこちらを見ている。
ぱく。
おいしーーい♡
下のクッキーがちょっとしょっぱいけど、それがアクセントにもなっていて、美味しさを引き立てている。
すごいなあ。
ひとりで買い物して
クッキーをバンバン砕いて
クリームチーズを溶かして
桃をスライスして。
人のために、こんなことができる子になったんだなあ。
じいん。
目頭が熱くなってきた。
思い出した。
息子の誕生日に作った、桃をスライスして花びらみたいにしたタルト。
パパが作ったアップルパイ。
みんなで食べて、幸せだったね。
3人から2人へ。
家族のカタチは変わっていって。
静かだけど、毎日平和に暮らしてる。
それだけで十分。
そう思っていたのに。
「なんか幸せやん・・・」
しばらくすると、お風呂から出た息子が降りてきた。
「美味しかったよ。ごちそうさま」
「うん」
「ごはん食べに行かない?お礼にごちそうするよ」
くるくる回るお寿司を食べながら、もう少しケーキの話がしたくて息子に聞いてみた。
「レシピとかどうやって探したの?」
「えぇ?スマホだけど?」
見ると、息子はもうこれ以上聞いてくるな、という顔。
あ、もう、閉店ガラガラですよね・・・。
ふふっ。
でも、なんだろう。
不思議とそんな顔がかわいく見えて、
笑うことができた。
審査コメント
移ろいの日々が描かれていないのに、「移ろい」が伝わってくる。
そんな不思議な魅力を持った作品でした。
この作品の大きな特徴は、凝った表現や巧みな構成があるわけではないということです。
とてもシンプルな流れと、飾らない語り口。
だからこそmikkoさんの視点そのものが引き立ち、審査員の心を動かしました。
「幸せは冷蔵庫の中に」というタイトルからは、のどかで温かな日常が想像されます。
ところが、読み進めるうちに見えてくるのは、大きな悲しみです。
普通ならここから、過去の悲しみを詳しく書くかもしれません。
ですがmikkoさんは、過去を振り返りませんでした。
筆運びは、驚くほどさわやか。
するするっと「今」に視点を戻し、ただ「冷蔵庫の中の幸せ」に目を向けます。
語るでもなく、嘆くでもなく、
ただ、感じている。
それはまるで、一人の女性の日常にそっと入り込み、ともに時間を過ごしているかのよう。
移ろいを、語らない。
その姿勢が、かえって描かれなかった時間までも鮮やかに浮かび上がらせ、審査員の心に温かな余韻を残しました。
mikkoさん、おめでとうございます!